瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(14)

 ここまでに紹介した資料は大抵「赤マント」だのに、「赤いマント」という題にしているのは、10月19日付(1)の冒頭で触れた、高校で初めて聞いたこの手の妖怪(?)の名が「赤いマント」だったことと、この調査を始めるきっかけになった文章の題が「赤いマント」だったので、こう定めて、けれども始めて見るとやっぱり「赤マント」にすべきかとも思ったのですが、どちらでも良いような気がして、そのままにして置くことにします。

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 先月中旬、使用期限の迫った地下鉄の回数券を使い切るために半年ぶりになりましょうか、閉館まで1時間ばかりでしたが国会図書館に出向きました。国会図書館に行くと差当り「国会図書館デジタル化資料」で、これまでの研究課題について、新たにヒットするものがないかどうか検索して見るのです(自宅からは「館内限定公開」ばかりヒットしても詰まらないので検索しない)が、ふと思い立って「雑誌」で「赤いマント」を検索してみると、「三田文學」第十四卷第四號/四月號(昭和十四年三月二十日印刷・昭和十四年四月一日發行・定價五十錢・三田文學會・200頁)160〜162頁掲載の随筆、その名も「赤いマント」がヒットしたのでした。
 筆者は詩人・随筆家の岩佐東一郎(1905.3.8〜1974.5.31)です。私は先年、次の本を見掛けて読んだところでした。
ウェッジ文庫『書痴半代記』二〇〇九年四月二十二日第一刷発行・定価667円・ウェッジ・213頁

書痴半代記 (ウェッジ文庫)

書痴半代記 (ウェッジ文庫)

 時間に余裕がなく、国会図書館では「三田文學」誌の「赤いマント」の要点を筆写するだけで終わってしまったのですが、帰宅後、岩佐氏の随筆は多分本になっているだろうと思って、Wikipediaの岩佐氏の項の「著書」のうち、「赤いマント」は次の本に入っているだろうと見当を付けました。
・『隨 筆 くりくり坊主*1』昭和十六年八月一日印刷・昭和十六年八月六日發行・定価金貳圓五拾錢・書物展望社・297頁
 この本には77篇の随筆が収録されていますが、3つめ(11頁4行め〜17頁)が「赤いマント」です。
 尤も、初めから「国会図書館デジタル化資料」で「図書」の方も検索しておれば、その場で「館内閲覧」出来たのですけれども。
 さて、この本は所蔵している図書館から借りることにして、後日、初出誌の全文の写しを取って、比較して見ることとしました。私の見た単行本は改装されているので元の書型は不明ですが、四六判でしょうか。頁付は漢数字で小口のやや下寄りに「二九七」の如くに入っていますが、以下算用数字にて示しました。
 まず、書出しを眺めて見ましょう。
 初出「三田文學」は上下2段組で1段22行、1行27字。『くりくり坊主』は1頁13行、1行43字です。引用は初出誌により改行箇所を「/」で示しました。単行本の改行箇所は「|」で示し、異同は注に示しました。
 初出誌160頁上段3〜7行め、単行本11頁5〜8行め、

「赤いマント」と云ふ題を付けたからと云つて、僕は別に童/話をしやべらうと云ふのではない*2|のだ。
 それよりも先に、讀者は、殊に東京の讀者は、早くも推量/して、ははあ、アレだな、と思はれ|ることであらう。然り、/アレである。


 以下、随筆らしく「アレ」という言い回しについて2段落、初出誌では13行(160頁8行め〜下段3行め)単行本だと9行(11頁9行め〜12頁8行め)取って述べてありますが、私の興味とは関わりないので省略します。どうも、私は随筆の、一寸気の利いたつもりの態とらしい議論が苦手です。それはともかく、その最後に「‥‥。さ、本題に入らう。」とあるのに従って、その次の段落以降を眺めて置きましょう。初出誌160頁下段4行め〜161頁上段7行め、単行本12頁9行め〜14頁1行め、

 實は、先日、世田谷に住んでゐる小説家のKが遊びに來て/の話に、君、こつちでは人さらひの|噂さがないかい、と云ふ/ので、さつぱり聞かないがね、と答へると、世田谷の方は大/變な評判で|ね、夕方になると子供たちはすつかりおびへて*3了/つて困るんだよ、何しろ馬鹿な話だが、赤いマ|ントを着た老/人が、ひぐれになると現はれて、目星をつけた子供、と云つ/ても主に女の子だが、|通り魔のやうにさらつてゆく、現に、/それを見たと云ふ小學生も澤山あるんだ、と云ふんだが|【単行本12頁】ね、/こんな話は日露戰爭の當時にも流行つたさうだよ。
 と、Kも笑ひながら話したので、僕も、全く下らない噂さ/が始まつたものだね、と、一笑して|了つた。
 
 その後、數日たつてから、四谷の、ある雜誌社に用があつ/て、本村町から横町に這入つて、だ|ら/\坂を下らうとする/と、伴れの友人が、おい君、非現代的な掲示があるぜ、と指/さしたので|、*4立止つて、ひよいと側ら*5の、町會掲示板を見た。
 そこには、「*6最近、都下に赤マントの佝僂男が、婦女子の生/血を吸ふ、と云ふ噂さのあるも、無|根の事實なれば、かかる/流言蜚語にまどはされぬやう御注意ありたし。」と、書いた掲/【初出誌160頁下段】示書*7が貼られ|てあつた。
 二月下旬の冷たい入日が淡紅く、その掲示を照らしていた。*8
 僕は、何と云ふことなしに、ぞつとした、*9もとより、その/事實無根の赤マントにぞつとしたの|ではない。このやうな馬/鹿/\*10しい流言が、昭和十四年の東京に傳播されたと云ふこ/と、そして|【単行本13頁】、*11掲示までしなければならぬと云ふ事實を、いつ/そ恐ろしいやうな氣がしたのであつた。


 ここで、これが「昭和十四年」の「二月下旬」のことと分かりますが、この後の記述と新聞記事を突合せることで日付も昭和14年(1939)2月22日(水曜日)と、断定出来るのです。初めに岩佐氏が世田谷在住の小説家K*12から「赤マント」の話を聞かされたのは、2月中旬、週末の18日(土曜日)19日(日曜日)辺りと見当を付けて置けば良いでしょうか。(以下続稿)

*1:書名は奥付による、字体もそのまま。297頁の尾題「隨筆 くりくり坊主 をはり」、1頁(頁付なし)中扉「隨筆 くりくり坊主」。

*2:単行本は冒頭1字下げ。

*3:単行本「おびえて」。

*4:単行本この読点なし。

*5:単行本「傍ら」、また前後の読点は全角。

*6:単行本は全角の鍵括弧開きのみ。

*7:単行本「掲示」。

*8:単行本は句点全角。

*9:単行本は読点ではなく句点。

*10:単行本くの字点ではなく「々々」。

*11:単行本この読点なし。

*12:まだ特定していません。