昨日の続き。
小池氏は、この手の「伝説」がこれほどまでに流布したのは、「事実」あった事故に拠っているからだと考えているのですが、『東京近郊怪奇スポット』の時点では、その「事実」を「野方の踏切」事故と考えていたので、いろいろな理屈を付けて、この事故の「事実」性を補強しようとしています。
65頁下段の解説〈怨念の系譜〉でも、1〜3行め、
女の上半身がずるずる這い回る話は、新たなヴァリエーションが生み出さ/れるごとに真実味を失っていった感がある。それなら私の聞いた右の話は真/実味があるというのか、というお叱りを受けそうだが、‥‥
と一応は断った上で、3〜5行め「昭和20年の5月」の「東京の山の手」空襲の際に「腰から下を吹き飛ばされながら腕を使って這っている女の人がいたという」話を紹介して、5〜8行め「女性にはそのくらいの生きる力が潜在的に備わっているのだろう」と「わりあい自然に私は思っている」とコメントするのです。次の段落(9〜15行め)では「男性」にも「昭和20年」の「大阪」の「大空襲」で、「直撃弾を浴びて頭の上半分を飛ばされながら、なおも逃げている若者」の目撃情報があって、これも「市販されている死体ビデオ」の「割れ」た「頭」の様子と一致するから「信用できると思う」と結論付けています。186頁〔参考資料〕を見るに「II、単行本」の1点めに「『大阪大空襲』(小山仁示・東方出版)」が挙がっており、大阪の例はこの本に拠るのでしょう。「数メートル走っ」て「「残念や」といって息を引き取ったという」のですから、やはり即死すべき致命傷を受けてもしばらく意識があり身体も動く、ということは確かにあるのだ、という訳です。
そこで「野方の踏切」の事故を、小池氏がどう扱っていたかですが、64頁の2段落め(7〜11行め)にその一部始終が述べてあります。まず7行めに「無理に渡ろうとして」とあり、この行動については65頁上右の〔怪奇現象発生地概要〕に「聞くところによれば」この踏切は「ふらふらと引き込まれる時間帯というのが」ある、「知る人ぞ知る魔の踏切らしい」と云い、さらに「この場所に限らず」つまり一般論として「遮断機をくぐっていく人というのは、確かにグイグイと引かれるような感じで線路上に足を運ぶという」目撃者の話を紹介しています。すなわち「魔」に魅入られて引き込まれた、と云う文脈なのですが、『日本の幽霊事件』144頁1行めでは「たしか飛び込み自殺だったと思うが」と簡略かつ曖昧になっています。
64頁の2段落めに戻って、7〜8行め「真っ二つになりな/がらしばらくは息のあった女」が「まさか助かるとは思わなかった」ものの「駅員」は、9行め「救急車を呼」び、「駆けつけた救急隊員」に対し、10〜11行め「「ごめんなさい……」と繰り返しつぶやく女は、病院/に着くまで意識があった」というのです。
そして最後の段落(12〜15行め)では「花火の大爆発事故」の際に「真っ黒焦げの死体」に「人工呼吸を試みた救急隊員がいたという」話を紹介して、「万に一つの可能性にかける」という「救急隊員」の日頃の姿勢に触れ、次のように結んでいます。14〜15行め、
‥‥。上半身の女を病院に運ぶ途中、救急隊員は胴の断/面にタオルを巻き付けて必死で止血したというが、あながち嘘ではないと思う。
誰から聞いたのか、なかなかリアルに事故の状況を説明し、最後に「どう見ても」助からなくても「必死」の手当を行う「救急隊員」について付け加えているのですが、……ここまで詳しいと、どこから得た情報なのか、どうしても気になるところで、流石に「救急隊員」の付け足しは却って「真実味を失」わせているようにも思うのです。(以下続稿)