瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

田中英光『オリムポスの果實』(05)

・モデル探索の探索〜「オリンポスの果実」①
 何らかの事実に基づいていると思しき小説を読むと、事実は小説そのままではないのだろうが、事実そのままでない分だけ、実際はどうだったんだろう、という興味が自然に湧いてくる。
 そこに、小説のモデルの詮索、という書き物のジャンルが発生する素地がある。特に、魅力的な人物について知りたいと思うのは、歴史上の人物、今年(2010年)なら坂本龍馬がNHKの大河ドラマに取り上げられて関連書籍が書店に並んでいることでも裏付けられるし、そういう社会全体を巻き込んだ動きでなくとも、恋愛小説の魅力的なヒロインに擬似恋愛風な憧れを覚えて、そのモデルを詮索してみたくなるようなこともあろう。
 尤も、歴史小説ならともかく、近現代の小説で一私人がモデルの場合、プライヴァシィの問題があるから、モデルその人に「私です」と言わせることは難しいし、あまり詳細に及ぶわけにもいかない。
 最近では、朝日新聞の土曜版に連載されていた「愛の旅人」が、対象を必ずしも「小説」に限ってはいなかったが、モデルの詮索をしていた。特に、新たな事実を発掘するような取り組みでもなかったが、このジャンルの生命が未だ尽きていないことを思わせた。
 
 しかしながら、必ずしも成果が整理されているとは限らないのが、このジャンルである。
 文学作品にはさまざまなアプローチがある。普通の、気が向いたら読んで、さらに気が向いたら感想くらい書いておこうという読者もいれば、研究と称して理論を当て嵌めてみたり、背景にある事情を探ったりする、評論家や学者(研究者)の読みもある。後者の、掘り下げるとどうなるのか、ということも気になるところではあるけれども、学者の成果というものはなかなか一般読者には還元されない。学者が執筆する一般向け(?)の国文学の雑誌が至文堂と學燈社から刊行されていたが、そんなに有名ではなかったし、後者は昨年休刊になった*1。評論家の文章も、学術誌や紀要(大学内の原則非売品の定期刊行物)よりは目に付く媒体に発表されているにしても、やはり誰もが目にするようなものではない。それに、その分野の「通」に通じるような用語で書かれていて、専門知識のない読者に分かりやすい文章でもない。その点、一般誌や新聞の記者が一般向けに企画を立てて学者に紹介の文章の寄稿を依頼したり、新聞記者がその調査能力を発揮して独力で調べたり、といったことの方が、捉え方が多少大雑把で肝心なところが曖昧であったりといった欠点が目立つ(学者の文だってそんなにきっちりしていない)にしても読み易く、一般の目にも触れやすいであろう。
 しかし、こうした新聞や雑誌の一般向け企画というもののアプローチは、限られてくるだろう。理論の話にはせず、そして一種の謎解きのような興味がないといけない。そのとき、やはりモデルというのが取っ付きのいい切り口になるわけである。この小説の、魅力的なヒロインには実はモデルがいた、実際にはこんな人だった……というのは、最も分かりやすい。それで、いくつかモデルに取材した連載企画が新聞や雑誌に発表されてきた。
 ところが、後からこういった過去の取り組みを活用しようと思っても、それが容易でない。
 最近データベースが整備されてきて、一般の目に付きにくい論文の方が、OPAC検索によって探しやすくなった。しかしながら、新聞・一般誌の記事はまだまだ探しやすくない。他にもまだいろいろ問題がある。
 そのことを、「オリンポスの果実」のモデルについて、述べてみたい。

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 昨日「文學ト云フ事」について書いた草稿のあったことに触れて、探して見たが見つからなかったのだが、その代りに平成22年(2010)3月下旬から書き始めた「ブログ「オリンポスの果実」」と云う文書が見つかった。
 2011年2月18日付(01)から既に番号を2桁にしていたように、当時、かなりの量の記事を準備していた。それが2011年3月15日付(04)で滞ってしまったのは、既に初版本を見てメモを取っていて、まずイントロダクション風に新潮文庫版について触れて、続いて初版について記事にするつもりだったのだけれども、少々確認して置きたいところがあってもう1度見ようと思っているうちに震災があって、なかなか見に行くことが出来ずにいるうちにそのままになってしまったのである。
 けれども今や、これを準備していた頃のことも忘れてしまって、投稿をためらっていた理由も思い出せない。そこで、旧稿のうち使えそうなものを順次挙げて置くことにした。注も附して置いたけれども、執筆時のままなので學燈社の「國文學 解釈と教材の研究」を「昨年休刊になった」という昨年は平成21年(2009)のことで*2、「今年(2010年)」の大河ドラマは坂本「龍馬伝」だったのである。(以下続稿)

*1:この文は「今年(2010年)」とあるように平成22年(2010)3月から4月に掛けて書いたので、この「昨年」は平成21年(2009)である。

*2:至文堂の「国文学 解釈と鑑賞」もその後、平成23年(2011)10月号で休刊になった。