瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

浅間山の昭和22年噴火(09)

毎日新聞(2)
 「毎日新聞」には15日付から19日付まで毎日記事が出ています。そのうち2段抜きで見出しが入っているのは16日付のみです。
・昭和22年8月16日(土曜日) 第25562号  6版
 記事が11段あるうちの7〜8段めで、2段抜きで大きく「鄢こげ四死体〈浅間山の遭難〉」とあります。

【軽井沢発】爆発後の浅間の山頂/を征服して十五日軽井沢駅へ下山/した長野縣埴科郡森村中川原逭年/團員岡田公紱君ほか四名と群馬縣/高崎市市川一郎君(三二)ほか五名の/一行は山頂附近に四人の遭難犠牲/者がいたと次のように語つた
 旧噴火口より少し上の方に廿五/ 歳ぐらいの新しい軍くつをはい/
 た逭年の燒死体を発見、その逭/ 年の所持していた水筒には桑子/
 と名が書いてあり、少し離れた/ 場所に廿二、三歳の二逭年と一/
 人の男が倒れていた、着衣はい/ ずれも鄢焦げで顔の見分けがつ/
 く程度であつた
【小諸発】十四日浅間山へは小諸/軽井沢、沓掛の各登山口から五、/六十名が登つたが爆発時間が遅か/7段め》つたので遭難犠牲者も少く目下の/ところ世田谷区玉川深沢町一の二/三九中沢質郎君(三五)同義生君(二五)/の兄弟と墨田区吾嬬町一二下田紱/行君(一五)同下田稔(二■)佐野啓(二■)/同滝紱次郎(二四)の六名と見られる


 15日付の記事に見えた小山・水上両氏の続報はありません。無事だったのでしょうけれども。
 文字が潰れたりかすれたりして、年齢のところは「二」だか「三」だか、「三」だか「五」だかも判読出来ないくらいで、ここには仮にこうであろうかという数字を示したまでです。原紙を見る機会でもあれば、改めることになりましょう。原紙でも潰れているかも知れませんが。(以下続稿)