瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

松本清張『ゼロの焦点』(6)

関川夏央『昭和三十年代 演習』(3)
 主人公の禎子は昭和33年(1958)12月の短期間に夫、独自に夫の行方を捜索していた義兄(夫の兄)、夫の後任で夫の捜索を献身的に行っていた本多良雄の3人が死ぬ、うち2人は毒殺と云う尋常でない状況下*1に置かれているのであって、万難を排して真相究明のために行動するのを「リアルとはいえません」とは言えないように思うのです。むしろ、自分も犯人に狙われるであろうと不安に思って、躊躇を覚えても良さそうなものだと思うのですが、禎子が殺されたらそこで話が終わってしまいます、読者も禎子は主人公だから無事に真相に辿り着くのだろうと予測しているでしょうけれども。
 それでは昨日の続きで、昭和34年(1959)1月1日朝に金沢に着いて後の禎子の行動を追って行きましょう。
 ――タクシーで室田家を訪ねると、女中から室田夫妻がと昨日から和倉温泉に出掛けており、4日にならないと戻らないと聞かされます。そこで金沢駅から汽車で和倉温泉に向かうのです。そして、441頁7行め〜451頁10行め「7」節の最後、451頁10行め、

 汽車は和倉駅に着き、雪の積もったホームに乗客が待っていた。

となるのですが、ここまでの車中、451頁9行めまでが最終的な謎解きに費やされています。この章は冒頭から、前の章から続く謎解きになっているのですが、423頁1行め〜432頁13行め「5」節、「大晦日」に青山の夫の兄(夫の死後、毒殺される)の家に嫂を訪ね、そこでテレビの座談会を視聴して、それまでの室田儀作社長の犯行と云う推理が誤りで、室田夫人こそが犯人だと気付いたため、大晦日の晩の夜行に乗ることになったのです。
 すなわち原作は、犯人の崖の上での告白などと云う展開にはなっていないのです。
 451頁11行め〜470頁13行め「8」節が最後の節になるが、和倉温泉の室田夫妻の宿泊先を訪ねた禎子は、室田夫人が2時間前、夫が年始の挨拶に来た社員と話しているうちに車で外出し、妻の不在を知った夫がハイヤーを呼んで1時間半ぐらい前に後を追ったと聞いて、自分もハイヤーを呼んで、西海岸に向かったに違いない室田夫妻に追い付くべく、無理に雪深い山越えの道を行かせるのですが、夫の死に場所であった断崖の上に見たのは、立ちつくす室田社長の姿でした。禎子より先に真相を突き止めていた室田社長は、大晦日の晩に夫人を問い詰めて事実を告白させていたのです。しかし、来客のために目を離した隙に逃げられ、ここに着いたときには夫人は小さい舟を借りて沖へ漕ぎ出していた、――と云うわけで、素人探偵が犯人と崖の上で対決する場面も、もちろんありません。
 ですから、関川氏が本作を「崖の上での犯行の告白というスタイルも、現代の「二時間ドラマ」に踏襲されていますから、恐るべき見通しのよさといえるでしょう」と評価するのは変です。――もちろんこれは、橋本忍(と山田洋次)が脚本を書いた、野村芳太郎監督の映画に於ける改変です。わざわざ書くまでもないようなことながら「とても注意深くて勉強好きな」岩波書店の若手編集者たちがここを見逃しているのは何故だろう、と思ってしまうのです。(以下続稿)

*1:田沼久子の死もここに含めて良いでしょうか。