瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(298)

北杜夫の赤マント(13)
 本題に入ると云ってからが長くなっておりますが、要は、南太平洋で韓国人女性から赤マントの話を聞かされたのは、10月26日付(288)に引いた、最晩年の回想(歿後『マンボウ最後の家族旅行』として刊行)のように、『楡家の人びと』を読んでいたからではなく――このこと自体は10月29日付(291)に『南太平洋ひるね旅』の時期が『楡家の人びと』連載・刊行前であることを示して片付いていましたが――、西サモアの首都アピアに到着したその日、昭和37年(1962)1月18日の晩に、タヒチで知り合ったH嬢こと畑中幸子から勧められて連絡した韓国人の医者ドクター・ハンの家で、引き合わされたポリネシア調査隊のI氏こと岩佐嘉親から幽霊の話を聞かされるうちに、持ち出されたものだと云うことを述べたいので、ここまで縷々引用して参った訳です。
 それでは昨日の続き、文庫版207頁9行め~208頁6行め、全集240頁上段20行め~下段13行め、【11月19日追記11月14日付「北杜夫『南太平洋ひるね旅』(03)」に挙げた①初版(ポケット・ライブラリ)と②新装版の位置を「\」で追加した。237頁1~11行め。なお、章立てと頁については11月17日付「北杜夫『南太平洋ひるね旅』(06)」を参照。

 ジェット機のとぶ現在、私の見聞きした限り/ではそれら|しい徴候もなく、文明開化のポリ\ネ/シア人はとうにそんな|観念を放棄したかと思っ/ていた。【240上】
 だがI氏によると、まだまだアイツは活躍し/ているとい|う。現にタヒチで、ある男が死ぬ\と/きに息子*1に向って、お|まえを迎えにくると遺言/した。言葉どおりに毎晩でてくる。|墓をあ\ばい/てみると、目を見開いていて、屍体*2を刺してみ|/【207】たら血がほとばしった。現地人*3巡査の証\言である。
 これはなんだかポリネシアのアイツではなく、西欧の吸|血鬼の焼き直しみたいである。す\ると*4/ドクター・ハンの|夫人が言いだした。彼女が子供のころ、韓国にも赤マント|青マント\という幽霊/が流行したことがある。これは便所の|中から出てくるそうで、生徒たちは恐慌を\きたし、気絶し/|た者までいたという。日本でも私が子供のころ、赤マント|という怪物の流言\蜚語*5がとびかわして/いたが、どうやらこ|れが輸入されていったものらしい。


 前記、最晩年の『マンボウ最後の家族旅行』に於ける回想と同様、内容が余り明確ではありませんが、注意されるのは「赤マント」ではなく「赤マント青マント」と言っていることで、これは2014年1月7日付(77)に見た中村希明、10月10日付(275)に見た五木寛之の回想と一致します。さらに「便所」と云うのはここに「生徒たちは」とあるように学校の便所であったこと、すなわち中村氏と同じく*6学校の怪談であったことが分かります。
 「ドクター・ハンの夫人」の年齢が分かればヒントになるのですが、日本統治時代の朝鮮(韓国)で教育を受けた世代、と云うことが察せられるばかりです。ただ、北氏は日本から韓国へ「輸入されていった」と考えていますから、夫人の年恰好もそのくらい――昭和14年(1939)或いは昭和15年(1940)に、小学生か女学生だったのでしょう。
 そして、I氏の話から話を聞いていた人たちが吸血鬼を連想したところで持ち出されたとするなら、中村氏の回想と同様、青マントを選ぶと血を吸われて(中村氏は「抜かれて」としていますが)青くなって死ぬ、と云うことになっていたのでしょう。
 そうすると、順序としては『楡家の人びと』がドクター・ハンの夫人の記憶を呼び覚ましたのではなく、ドクター・ハンの夫人の話が北氏に赤マント流言を思い起こさせ、『楡家の人びと』に盛り込むことにさせた、と云うことになりそうです。いえ、そうでなくても盛り込むつもりだったのかも知れませんが。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 ドクター・ハンは翌日「から出張」してしまいましたので、以後登場しません。文庫版225頁12~16行め、全集249頁下段20行め~250頁上段5行め「象皮病」のことをドクター・ハンから聞されたことが見えていますが、これも1月18日の訪問時に聞いたのでしょう。
 「I氏たちと」は、文庫版216頁1~2行め、全集244頁下段3~4行め「西サモアを発*7つ前日」に「一緒にステ/ィヴンソン*8|の墓へ出かけ」ております。(以下続稿)

*1:文庫版ルビ「む す こ」。

*2:文庫版ルビ「し たい」。

*3:11月19日追記】①初版(ポケット・ライブラリ)と②新装版は「原地人」。

*4:全集はここに読点「、」あり。【11月19日追記】①初版(ポケット・ライブラリ)と②新装版も読点あり。

*5:文庫版ルビ「ひ ご 」。

*6:五木氏の証言は断片的で出没場所が分かりません。

*7:文庫版ルビ「た」。

*8:全集「スティブンソン」。