瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

講師室の思ひ出(1)

 馘首された翌年度の文化祭に、女子高を訪ねた。
 出入り禁止になった訳ではないのだから、来ようと思えばいつでも入れたのである。
 しかし、恐らく管理職に忌まれて馘首になった私が、何でもないときに学校を訪ねるのは、私はもう部外者だから今更何もされはしないが、講師室の元同僚たちなど私に同情的な人たちにとって、好ましいことでは決してない。
 今や、そんな気遣いは無用になってしまったのだけれども。――雇い止めで私の同僚だった人は皆、いなくなってしまったのだ。

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 在勤中、私は土曜日に講師室にいることが多かった。
 教員は「研究日」と言って週のうち1日、平日に休みを取る。それは時間割を組む前に希望の曜日を申告して、あまり特定の曜日に集中してしまうと調整せざるを得なくなるが、専任教諭の場合、学校によって曜日は異なるが職員会議の入る曜日は全員出勤で、それから土曜日を研究日にする人は皆無である。授業が午前中だけなのであまり休みにする意味がないからだ。一方、非常勤講師は土曜日に出勤する人は殆どいない。講師は体育科を除いて部活動など課外活動の指導に関わらないので、出勤日を出来るだけ纏めたい、という希望の人が多い。1日6齣あると疲れてしまうが、4齣前後は欲しいところである。そうすると土曜日は、目一杯入って4齣にしかならないし、専任教諭は全員出勤しているのだから、職員会議のある曜日と同様に、講師に廻って来る齣が他の曜日に比して随分少なくなるのである。講師の出勤の多い曜日は、職員会議のある曜日の翌日と云うことになろうか。
 そうすると、下手をすると土曜日に来ても授業が1齣か2齣、と云うことになってしまう。それなら、土日を連休にした方が良いと普通は考える。
 しかし、私は女子高に移った初めの年に土曜日に4齣入って、それで味を占めてしまったのである。
 土曜の朝は、通勤客が少ないから、電車が空いている。講師は授業に間に合えば良いので、生徒が乗らなくなるタイミングを見計らって、朝のHRをやっている頃に学校に入れば良いのだが、平日は遅延しがちで、駅から学校まで駆け足になることもしばしばである。しかし土曜は殆ど遅延なく、平日と同じ時間に最寄り駅で乗っても、乗り換え駅で1本前の電車に間に合うくらいなので、気持ちまで軽快になるのだ。
 生徒たちの様子も心持ち、平日よりも伸びやかで、こちらも気持ちが良い。
 授業が終わってもすぐに帰らない。他に人のいない講師室で、1年目から担当していた小論文演習に関する仕事を纏めて済ませてしまう。午後まで残ってその週に提出させた課題の添削をし、それに疲れたら同僚の自転車を借りて近所の図書館に出掛けて来週の課題を検討する。放課後、志望校に提出する志望理由書・自己推薦文、それから志望校の入試小論文の過去問題の添削指導などを希望する生徒に、授業以外の個人的なボランティアとしての指導を、平日にもしないでもないのだが、土曜なら時間を取って面倒を見ることが出来る。すなわち、預かっていた課題を、問題点を指摘しつつ返却し、それを1時間か2時間掛けて書き直して来るのを待つ余裕もあるのだ。――あの頃の生徒たちは真面目で、考えて書き直さないと身に付かない、との教えをよく守って、何度も何度も書き直して来たものだ。だから、無給のボランティアで、しかもかなりの手間でもあったのに、全く苦にならなかった。――ここのところを何とかしてやらないと。今度はこういう視点にも目を向けさせよう。……そんな風で、むしろわくわくしていたのである。だから、その後、時間割が変わって土曜日の普通授業は2時間目までになって、多くても2齣しか授業が入らなくなっても、私は土曜勤務をむしろ希望して、講師室で殆ど1人で過ごすのを例としていたのである。

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 非常勤講師というのは、授業時間しか雇われていない理屈になっている。
 週15齣担当していると、15時間分の給与しか出ない。むろん、その分、時給が高く設定されているし、月給制で8月など全く授業のない月も、3月など殆ど授業のない月でも同額が支給されるのだが、普段の授業の準備や、提出物の点検、定期考査の作問と採点、成績処理作業など、15時間以外の仕事が相当量存在する訳で、そんなに割りの良い仕事ではない。
 しかも、計算上は15時間しか働いていないのだから、殆どの非常勤講師は失業保険には入れない。
 しかし、その分、気楽ではある。職員室で専任教諭と席を同じゅうしていると駄目だが、講師室があると非常に呑気にしていられる。……だって、講師室にいる時間は、計算上、働いていない時間なのだ。平日の放課後は話し込んでしまうことも多い。そして、土曜の放課後は、本当に長閑に過ごすことが出来た。殆ど人が来ない。平日、特に水曜日は過密な講師室も、土曜は自分の部屋のような按配である。但し、たまに専任教諭が、出勤していない講師の席に連絡メモやプリントを持って入って来るので、恥ずかしい思いをさせられたこともしばしばある。その点、生徒は戸を開ける前に挨拶するので威儀を正す余裕があり、だらけ切ったところを見られずに済んだのだけれども、専任教諭はいきなり入って来る。
 それはともかく、講師室には長閑で伸びやかで自由闊達な空気が満ちていて、私は大好きだった。(以下続稿)