瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

高濱虚子「杏の落ちる音」(3)

 7月6日付(1)に、小田光雄ブログ「出版・読書メモランダム出版と近代出版文化史をめぐるブログ」の2014-08-18「古本夜話414 高浜虚子「杏の落ちる音」と内田魯庵「『杏の落ちる音』の主人公」」の疑問箇所を引いて置いた。

残念ながら、「杏の落ちる音」は文庫には入っていないし、虚子のいくつかの全集か、もしくは各種の「日本文学全集」でしか読むことができない。この短編では主人公を緑雨と命名しているが、そのモデルは岡田紫男で、岡田については内田魯庵の「『杏の落ちる音』の主人公」の『思い出す人々』(春秋社、大正十四年、『明治文学全集』98所収、筑摩書房)収録に際しての「追記」における紹介などを主として、プロフィルを描いてみよう。ただし山口もふれているように、岩波文庫版には収録されていない。


 当初はこの段落の最初の1文を引いたのみであった。――そこで念のため、山口昌男内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』を確認して見た。
岩波現代文庫/学術245内田魯庵山脈(上)――〈失われた日本人〉発掘

 ・2010年11月16日 第1刷発行(醬+369頁)定価1360円
岩波現代文庫/学術246内田魯庵山脈(下)――〈失われた日本人〉発掘
 ・2010年12月16日 第1刷発行(454+40頁)定価1600円
 文庫版が出ていることは知っていたが、(下)443〜444頁「あとがき」は(組み方を除いて)単行本596〜597頁「あとがき」にそのままなので、どうやら文庫化に当たって加筆訂正等は特に行われていないらしいと思って、改めて文庫版で読み直そうとも思わないままであった。
 それはともかく、差当り文庫版を借りてみた。(上)には「Ⅰ 魯庵の水脈」17章、(下)には「Ⅱ 魯庵の星座」8章と「Ⅲ 魯庵のこだま」12章が収録されている。細目については単行本と比較しつつ、追ってメモして置くこととしよう。
 さて(上)3〜26頁「1 その始まり」を見るに、内田魯庵「『杏の落ちる音』の主人公」について、7頁11〜16行め*1

 その作品は、高浜虚子が岡田紫男(村雄)を主人公と|して書いた「杏の落ちる音」(『定本高浜虚子全集』第七巻、毎日新聞社、昭和五十年、一三―五三頁)に寄せて書か|れたものである。
 もったいぶらないで題を挙げよう。それは「『杏の落|ちる音』の主人公」という、虚子へ/の書簡の形をとった|随筆である(『内田魯庵全集』第四巻、四〇―五六頁)
 魯庵の回想をまとめた『思い出す人々』が紅野敏郎氏|を編者として新編という形で岩波文庫に入ったとき(平成六年)、目次に目を通した私は何か足らないように感|じた。‥‥

とあり、以下、「『杏の落ちる音』の主人公」が、紅野氏の、11頁2行め*2岩波文庫版にも外さ|れている」ことに触れている。

新編 思い出す人々 (岩波文庫)

新編 思い出す人々 (岩波文庫)

 そして、本作については11頁9行め〜13頁*3に、14頁1行め*4「首尾結構」を11頁7〜8行め*5「かいつまんで紹介し/て」後、14頁2〜4行め*6

 高浜虚子がどのようないきさつから岡田紫男について|知ったのかはよく知らない。虚子の/「全集」解題によれ|ば、この作品は『ホトトギス』大正二年一月に発表され、|岩波文庫『風/流懺法 他三篇(昭和九年)のほか|『十五代将軍』などに収載されている。*7

とあって、ちゃんと岩波文庫のことが、山口氏が岩波文庫31-028-4『風流懺法 他三篇』を手にしたかどうかは分からないが、『定本高浜虚子全集』解題に従って、書いてある。そうすると、初めに引いた小田氏の「文庫には入っていない」なる記述は、『内田魯庵山脈』にも指摘があったのに、何故だか間違えてしまったことになる。その理由だが、これに続く14頁5〜7行め*8に、

 他方、この作品について論じてその背景を明らかにし|ている魯庵の「『杏の落ちる音』の/主人公」の方は岩波|文庫からも漏れ、今日入手する方法は、「全集」第四|巻のみというこ/とになる。とすると、普通の人にはほと|んど入手しにくくなっているということになる。‥/‥

とあるのと、混乱したものだろうか。――なお、山口氏の方は「『杏の落ちる音』の主人公」が『明治文學全集98』に大正14年(1925)刊春秋社版『おもひ出す人々』が丸々収録されて読めるようになっていることに、気付いていない。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 後日、単行本も借りて見た。異同は括弧が、文庫版では全て半角であるのに対し、単行本は句読点の前でなければ全角であるくらいで、同文である。それぞれ単行本の位置を注記し、改行位置は本文中に「|」で示して置いた。(以下続稿)

*1:単行本20頁上段12行め〜下段1行め。なお、出典を示した括弧の最後に、単行本には「所収」とあるが文庫版は省いている。

*2:単行本22頁上段15〜16行め。

*3:単行本22頁下段4行め〜24頁上段10行め。

*4:単行本24頁上段11行め。

*5:単行本22頁下段3行め。

*6:単行本24頁上段12〜16行め。書名は『風流懺法他三篇』となっていてルビなし。

*7:ルビ「ふう/りゅうせんぽう」。

*8:単行本24頁上段17行め〜下段1行め。