瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(24)

 3月18日付「田中康弘『山怪』(5)」に関連本として取り上げた、東雅夫 編『山怪実話大全 岳人奇談傑作選には、3月30日付「田中康弘『山怪』(8)」に示したように、「蓮華温泉の怪話」と、岡本綺堂「木曾の旅人」の導入部に使われている「木曾の怪物」、それから2013年6月29日付(18)に引いた中公文庫『近代異妖篇 岡本綺堂読物集三千葉俊二「解題」に指摘されていた、「やまと新聞」連載の岡本綺堂「五人の話」の第四話「炭焼の話」が収録されているのだが、これには意図があって、東雅夫「編者解説」を見るに『山怪実話大全』は6つのパートから構成されており、二三二頁7〜9行め、

 第五のパートには、この「木曾の旅人」の原型となった綺堂の初期作品二篇に加えて、そ/こから派生した(もしくは源流を同じくする)とおぼしき三篇の実話作品を一挙収録すること/にした。

とあるように、有名作品である「木曾の旅人」そのものは収録していないのだが、その関連作、と云うか周辺作品を纏めて収録しているのである。
 残りの2作品については、後で触れることにするが、この「第五のパート」に関する解説(二三二頁2行め〜二三五頁7行め)の最後の段落(二三五頁2行め〜)に、

 なお、「蓮華温泉の怪話」については、加門七海*1による原書房版『異妖の怪談集』(一九九九)解説中に「知人に照合したところ、蓮華温泉というのは信州に現存する温泉であり、記/されている怪談は、登山家の中では実話として、今に語り継がれるものだと聞いた」という/注目すべき一節が認められ、samatsuteiのブログ「瑣事加減」にも「「木曾の旅人」と「蓮/華温泉の怪話」拾遺」と題して、阿刀田高「恐怖の研究」やウェストン『日本アルプスの登/山と探検』ほかへの詳しい言及がなされていることを申し添えておく。

とある(!)のである。
 加門氏の解説については2011年1月8日付(04)に引用した。阿刀田高「恐怖の研究」は2011年1月3日付(02)に引いて、「後述」するように「阿刀田版の影響というものは、かなり大きいらしい」と述べたのだが、実は「後述」しないままであった。――私が「阿刀田版の影響」と思っているのは、天候が「ある大雪の夜」となっていることで、蓮華温泉のこととする加門氏の話も「あるの晩」となっていたし、2011年1月23日付(08)に引いた松谷みよ子『現代民話考』に載る、やはり蓮華温泉と思われる場所の話も「ある吹雪の夜中」になっている。しかしながら、白馬岳の山腹にある蓮華温泉は冬季は営業しないので、吹雪の晩に辿り着いても誰もいないし、そもそも普通の人が吹雪の晩に辿り着けるような場所ではないのである(阿刀田高「恐怖の研究」は「木曾の旅人」の粗筋を話すと云う設定だから舞台は「木曽の山小屋」である)。だからここは、阿刀田氏の巧みな話術にうかうかと乗せられて、うっかり吹雪の晩の山中の一軒宿と云う「らしい」設定を取り込んでしまったのだろうと思うのである。違うかも知れないが。――「蓮華温泉の怪話」は明治30年(1897)「秋」の「浴客もすっかり山を下って、宿はもう冬籠りの準備をしようとしている頃」と云う設定なのである。ちなみに岡本綺堂「木曾の旅人」は「九月の末」である。とにかく普通は、積雪の多い山中での越冬なんかしないのである。
 ウェストン『日本アルプスの登山と探検』は、2011年1月11日付(05)に検討した。これはどうやら「蓮華温泉の怪話」の信憑性と云う点からして空振りと云うべき考察なのだが、最後の蓮華温泉の所在地が、信州――長野県ではなく、新潟県だと云う点は、改めて強調して置きたい。(以下続稿)

*1:ルビ「ななみ」。