瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

初夏の遅延

 限界を感じていた。
 どうも、最近話が通じない。私の頭が鈍くなってきたのか、生徒が馬鹿になったのか。
 身体が重くて、家を出るのが遅くなってしまった。出る直前になって、ペットの水を換えていなかったことや、炊飯器のセットをしていなかったこと、髭を剃っていなかったことに気付いて、ばたばたと支度をしているうちにお腹を冷やしてしまい、さらに5分、便所に籠もる時間を取られてしまった。
 暑い。上着を羽織ると汗が止まらなくなるが、羽織らないとまた腹を冷やしそうだ。
 ラッシュに一段落付いた頃のホームに立っていると、このまま何処かに行ってしまいたくなる。
 生徒に支持されているわけでもなく、そもそも教える内容について伝わっているのか確信が持てない。そうすると繰り返しが多くなり、分かっていなくても同じ話だと思うと聞かなくても良いと思って、眠くなるらしい。
 俺なんか大学の後半まで授業で眠ったりしなかったけどなぁ……。
 いっそ、どこかに行っちまいてぇなぁ。
 当時、私は女子高で現代文を教えていた。非常勤講師は授業時間にいれば良いので、専任のように朝礼から出る必要はない。しかし、とにかく起きてから限られた時間になんとか支度を済ませて出ないと間に合わない1時間目よりも、却って3時間目から始まったりした方が、うっかりぼんやりしてしまう余裕がある分、学校に着くのが遅れてしまうのだ。
 倦怠感?
 いや、甚だしく現在の勤務が不満であるというわけではない。今日、高2の定番教材の「山月記」を3クラスで無理矢理終わらせたら、中間テストを作るだけだ。
 終わらせる自信はある。けれども、それに何か意味があるような、達成感というか、充実した感じが、やっていても得られそうにないのだ。
 けれども、このまま登校しなかったとして、何処に行くのか。
 それとも、通過する急行に飛び込もうか?
 腹を下さなかったらこの急行に乗れたのになぁ、と思っているうちに急行は目の前を通り過ぎた。
 簡単に死ぬわけには行かないもんだな。
 駅まで少し急がないといけないと思っていたので上着を持ってこなかった。ところがこの先の駅で急行に乗り換えられる普通に乗り損ねてしまった。無駄に汗だけ掻いて5分もホームで待たされて、そして少し冷房の利いた車内で乗り換えまで30分、上手く乗り継ぎが出来るか時間を気にしつつ、腹の冷えを気にしないといけない。
 少し冷えて来た。
 下りるか? 下りたら間に合わなくなるかも知れない。
 さっきまで何処かに行っちまおうとか思っていたのに間に合わないかも、とは滑稽だな。
 しかし困るだろうな。テスト範囲が終わらない。何故来ないのか分からない。テストはどうするのか。いったい私はどこに行ったのか。
 2駅進んで、構内放送が「これから各駅に停車します」と言っているのに気付いた。そのまま発車しない。車内放送での説明はないが、構内放送を聞くに、途中駅で「乗客が線路に立ち入ったため、運転を停止して安全確認をしている」と云うのである。
 こりゃ、間に合わないな。10分遅れなら講師室に寄らずにギリギリ鞄を持ったまま教室に駆け込み、20分遅れならこの先の徐行も考慮に入れると結局30分は遅れるだろう。もう間に合わない。
 やはり、痴漢だろうか。捕まったら解雇されるような立場なら、線路に立ち入ってでも逃げ切る可能性に賭けるだろう。私などは間違いなく馘首される。職も失い、慰謝料も払い、線路に下りた時点で鉄道会社への賠償も発生する。逃げ切るしかない。しかしそもそも痴漢しなければ良いのだ。本当に迷惑な奴だ。
 そんなことを考えているうちに10分が過ぎた。
 もう逃げ切っただろうに早く動かせよ、とイライラする。そして、遅刻だけれどもとにかく出勤しようという気持ちになる。(以下続稿)