瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

越中の思ひ出(3)

 昨日の続き。――越中の地名を幾つも眺めているうちに思い出が甦って、少しずつ記憶を辿って行くうちに、覚えず妙なことを思い付いてしまった。
 さて、当時の私はどう思ったのかと云うと、友人の、短大を卒業して就職してもう2年になろうと云う高校の同級生かと思ったのである。久し振りに会った、余り親しくない同級生らしく見えたのだ。しかしながら、私は父の転勤に従って3~4年ごとに引越していたせいで、美人の同級生に再会するようなこともついぞなかったから、実際はどうだか分からない。と書こうとして、1度だけ2017年5月10日付「かとー君の怪」に書いたようなことがあったことを思い出した。まぁでも私の場合は、卒業アルバムの顔写真を見て吃驚したくらいだから、そんなに美人でもなかったのである。
 それはともかく、ちょっと遠慮気味に言葉を交わしていたから、まぁ知っているくらいの間柄なのだろうと思ったのである。
 しかしながら、女子の短大進学が珍しくない時期とは云え、友人の高校は学区でトップの進学校なので、よく考えると少々おかしい。元彼女だとすると、随分大人びて見えたのだが*1、まだ大学2年生のはずで、春休みに実家に帰省していて、何かの用事で1人で高岡に出て、その帰りだったのだろう。
 もちろん、元彼女だと云うのは久し振りに記憶を辿っているうちに、その後で知った事実*2等を勘案して、今月(!)思い付いたので、実は当時私が思った通りの関係なのかも知れない。しかし、それならあのときそう答えているだろう。
 友人の家でのことは、非常に印象深く思い出される。友人は出来れば勉強を続けたい希望であったが(しかし大学院進学を決めて就職活動もしていなかった私には、そんな話はしなかった)*3、家族のことを考えると帰郷して就職せざるを得ない、とのことであったのだが、その事情がよく分かった。しかしそれこそ私がここに勝手に書くべきことではないだろう。
 翌日は晴れていた。私は青春18切符で東京に戻るために、まだ早いうちに友人の家を発った。また城端から城端線に乗りたい希望であったが、車で高岡駅まで送ってくれた。そして何のおもてなしも出来なかったからと言って駅の売店で「ますのすし」を買って昼食に持たせてくれた。
 滑川や魚津の家並みの、黒光りする瓦屋根を眺め、親不知の海の、断崖と砂浜を眺めたことは覚えているのだが、それから後が思い出せない。直江津信越本線に乗り換えて長野を経て、碓氷峠を下って戻って来たのだろうと思う。今はこのルートは青春18切符では通れない。碓氷峠はもう線路がなく、横川までしかJRでは行けない。
 越中に2度めに出掛けたのは、翌年の夏だったと思う。1度めもそうだが、この辺りの記録(日記)は実家の倉庫にあるので、俄に確認出来ない。今は記憶に頼って書いて置こうと思う。
 それと云うのも、前回、私が帰った後、友人の家では私のことが少し問題になった、と云うのだ。すなわち、――折角来てもらったのに、お前はあのお客さんに一体何を見てもらったのだ、と。
 別に私は泊まらせてくれ、と云ってその通り泊めてもらって、まだ行ったことのなかった北陸に、福井・石川・富山・新潟の上越と鈍行列車で、一駅一駅確かめながら、女子高生の賑やかな方言に触れたりもしながら、一通り回ることが出来たことに十分満足していたのだが、友人のご家族としては少し不満であったようだ。
 そこで今度は2泊させてもらうことにして、中央線で甲府を経て松本まで行き、大糸線糸魚川に出て、1度めとは反対に東から越中に入ることにした。
 大糸線南小谷まで電化されているが、そこから先は非電化で、八高線高麗川から高崎までのように、煙を上げて走る2輛編成が走っていた。
 さて、私は乗換え駅で時間があっても改札を出たりしない。5月26日付(1)に、琴平駅の乗換え時間に金刀比羅宮の奥宮まで行ったことを書いたが、あれは青春18切符の使えない秋の学会の帰りで、殆ど乗客がいなかったからそんなことが出来たので、青春18切符の使える時期は、ローカル線と云えどもうっかりしていると席が取れなくなってしまう。私は川や海に向いた側のボックスシートで、進行方向を向いて窓際に座って、景色を眺めていたいので、乗換え駅に着いたら乗継ぎの列車がどのホームから出るのか確認して、大抵、列の最初に立って何処にも行かずに、何十分も入線を待つのであった。連れはいないし、大した物は入っていないが何かあると困るので、荷物はずっと抱えたままである。
 いや、乗継ぎの列車にも、間に合えば良いと云うものではないのである。乗継ぎまで50分余裕のある列車と、5分しか余裕のない列車があれば、断然前者に乗る。呑気に後者に乗ろうものなら、席はないものと覚悟しないといけない。まぁ当時は夏・冬・春と青春18切符を1冊ずつ買って乗り回して(?)いたから、慣れたものだった。
 さて、南小谷でも、経験を活かして希望通りの席を取ることが出来、糸魚川までの姫川沿いの風景を満喫出来たのだが、ここで思いも寄らぬ事態が出来したのである。(以下続稿)

*1:落ち着いた和風美人で、大きな荷物もなかったから、勤め帰りのように見えたのである。

*2:もちろん友人とも久しく会っていないのでその後の新事実と云っても僅かな、それこそ年賀状にでも書かれるようなレベルの事実である。しかし少々個人的な事情にわたるので、ここに書く訳には行かない。

*3:5月29日追記】私も聞かされたことがあったことを思い出したので、見せ消ちにした。