瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

森川直司『裏町の唄』(15)

・「投稿 風便り」(08)
 ここまで細かく確認して行くつもりではなかったのだが、後日参照する機会があるかも知れないから(ないかも知れないけれども)一通りメモして置くこととする。
op.19 うなぎ その1  森川秀安さん(東京都) H18/2/27
 長崎市野母崎・樺島の大ウナギ井戸について。
op.20 うなぎ その2  森川秀安さん(東京都) H18/3/8
 冒頭、

 戦前に読んだ本に、デンマーク生物学者(名前は失念)が大西洋中のうなぎの仔魚を長年に亘って採取した結果、バーミューダ沖の深海で産卵することを突き止め、次は太平洋沿海のうなぎの産卵場所に取り掛かる予定だったのに、20世紀はじめに猛威を振るったスペイン風邪に罹って亡くなったというのです。

とあるのは Johannes Schmidt(ヨハネス・シュミット、1877.1.2~1933.2.21)で、死因は Wikipedia 等には記載がないが、インフルエンザだったとしても時期的に所謂「スペイン風邪」ではない。
op.21 自家用人力車 森川秀安さん(東京都) H18/3/24
 本書【55】「自 動 車」の前置き(227頁2行め~228頁6行め)を、内科の開業医の往診用人力車に主眼を置いて改稿したもの。
op.22 愛の賛歌  柳沢ひろえさん(長野県大町市) H18/5/15
op.23 朝の雨  柳沢ひろえさん(長野県大町市) H18/6/16
op.24 托鉢 森川秀安さん(東京都) H18/9/2
 深川の裏通りの間口や職業については本書【15】「門づけ」冒頭の記述を詳細に書き直している。
 次いでこの裏通りを訪れる物売りについては本書【14】「物売り」をごく簡略に纏めたもの。
 そして本題の乞食や托鉢については再度本書【15】「門づけ」。山伏が弟の魚の目を治した話は取り上げていない。その代わり、いつ乞食や托鉢が姿を見せなくなったのか、そして戦後も復活することのなかったことを述べて纏めている。
op.25 うなぎ その3  森川秀安さん(東京都) H18/10/17
 冒頭、

 風便りop.2 うなぎ その1(H18-2-27)で樺島の大ウナギのことを書き、 長崎市の観光案内に触れられていないので、大ウナギがもう棲息していないとか、井戸がなくなったとかいう理由でないことを望むと書きましたが、今日たまたまネットの地方新聞のニュースで近況を知りました。

としてその後知ったことを報告している。なお「風便りop.2」と云うのは個別の記事の番号ではなくHP内のページの番号。
op.26 秀安さんの大うなぎ読ませていただきました ノウゼンさん(浜松市) H18/11/1
 浜松附近の養鰻池の「池がえ」の話題。
op.27 うなぎ その4  森川秀安さん(東京都) H18/11/2
 翌日に早速返事を認めている。

 ノウゼンさん、拙文をお読み頂き有難うございました。私の少年時代の遠出の遊び場は荒川河口の葛西の、今はマンションが林立する整備された都会ですが、水路が縦横に走る田園地帯で、そこで小魚釣りや、狭い場所の水を掻き出してうなぎや鮒を一網打尽に生け捕る「掻い掘り」など、遊びに夢中のあまり徒歩一時間以上の帰り道は暗くなることもあって、よく母親に叱られたものでした。だから少年時代は「うなぎ追いしかの川、小鮒釣りしかの川」で山は全くないのです。


 続いて会津蒲生氏郷(と記憶)が川に毒流しをしようとした前日、墨染めの衣の僧が現れてそれを止めるよう訴えたのに粟飯を馳走して帰し、翌日予定通り毒流しを行ったところ、川の主と思しき大きな鰻を捕まえた。腹を割いて見ると粟飯が出て来たので昨日の僧は鰻の化身であったか、と思い合わせた、と云う「少年時代に読んだ話」を紹介している。毒流しを命じた殿様は急死した、と云うのだが毒殺説もある蒲生氏郷と合う、と。
 類話はアニメ『まんが日本むかしばなし』でもやっており、夙に江戸時代前期(17世紀)の仮名草子にも既に類話が会津のこととして見えていたと記憶する。検索しても上手くヒットしないので追って報告することとしたい。(以下続稿)