瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(164)

・怪談レストラン❸『殺人レストラン』(7)
 日本民話の会 学校の怪談編集委員会学校の怪談大事典』の「峠の一軒家」と、本書の「とうげの一けん家」の比較の続き。要領は8月20日付(160)に同じ。

【E】結末・孫の説明

学校の怪談大事典』36頁下段13~18行め

 おじいさんは、孫に、さっきはなんであんなにお/びえて泣いたのかときいてみたら、孫は、あの男の/うしろに顔中血だらけになった女の人がたっていた、/という。犬がはげしくほえたのも、それにちがいな/い。おじいさんの目にはみえなかったが、ふしぎな/こともあるものだと思ったそうだ。


『殺人レストラン』39頁10行め~40頁10行め
 「すっかり気持ちがしずんでしまっ」た「じいさま」は、「すぐにねる気にはなれん」。そこで、犬と孫が「あんなに火がついたようになきわめいた」理由を確かめようと思う。後は最後まで抜いて置こう。40頁4行めから。

 ふとんの中で目をあけている孫にきいてみた。すると、孫は、また顔/をひきつらせて、がたがたふるえながら、こういったんだと。*1
「あのおじちゃんのせなかのとこに、顔じゅう血だらけのおねえちゃん/がおんぶしてたの。こわい目をして、こっちをにらんでたの。じいちゃ/んにはみえなかったの……」*2
 しかし、じいさまには、ぐしょぬれの男のすがたしかみえなかったん/だと。


 ここで、昨日見た【D】で、巡査が女性の死体の状況について説明していたことが、小学生の読者にも分かり易く利いて来る訳である。
 さて、『日本怪談集』では、巡査が現れるのは翌朝なので、温泉宿の人間は誰一人、今、立ち去った来訪者が殺人犯だと云う事実を知らないまま、落ち着きを取り戻した子供から「さっきの客の背中に、髪をおどろにふり乱した女の人がすがりつき、子供をみてはゲラゲラ笑っていた」と聞かされる訳である。
 青木純二「晩秋の山の宿」では「血みどろになった髪を振乱した若い女の人」、杉村顕「蓮華温泉の怪話」では「血みどろの若い女の人」となっている。――細かい点だが、青木氏の原話*3から、杉村氏は血みどろに注目し、そして『日本怪談集』に引用(要約)の「毎日新聞」では振り乱した髪の毛の方に注目した、と云うことになろうか。そうすると、昭和28年の「毎日新聞」の典拠になったのは青木純二『山の傳説』と云うことになりそうである。しかし、見て書いたのではなく記憶に頼って、かなり記憶違いを含むものとなってしまった、と云うことであろう。
 そこで気になるのは、吉沢氏が「顔中血だらけになった女の人が立っていた」もしくは「顔じゅう血だらけのおねえちゃんがおんぶしてた」としていることである。8月19日付(159)に引いた、『殺人レストラン』の常光徹「解説」では、『日本怪談集』を「とうげの一けん家」の原話のように言及しているが、実は違うのではないか、と思われてならないのである。――吉沢氏は、何に取材したのだろう?(以下続稿)

*1:ルビ「まご・まご・かお」。

*2:ルビ「かお・ち//」。

*3:この辺り、2018年8月12日付(031)に「晩秋の山の宿」の初出「深夜の客」と、「蓮華温泉の怪話」の本文を比較している。しかし諸本を十分に発掘し切らないうちから作業を進めたので、今から読み返すと諸本の関係など、その後判明して訂正を要する事項の註釈が、非常にややこしいことになっている。――この系統の怪異小説・怪異談の系譜と、青木純二の伝記の抱き合わせで1冊にならないものだろうか。青木氏の果たした役割こそが「木曾の旅人」系統の怪異談の普及に最も貢献したと信ずるからである。