瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(324)

 それでは「東京朝日新聞」の、恐らく唯一の赤マント流言当時の記事を見て置きましょう。尤も、当ブログは私の蒐集記事集積所と云うべき場所で、公開はしていますからそれなりに読めるように努めてはおりますが、飽くまでも資料の原態を伝えることを旨としております*1。従って、読み易い形で知りたい方は、この記事の紹介者であるブログ「古新聞百物語」の、2016年5月23日付「青鉛筆〔流言赤マントの怪人〕【1939.2.23 東京朝日】」を御参照下さい。「赤マントを着た男が婦女子の生き血を吸うとの流言が東京中に広まり、警視庁が取締に着手。噂を事実無根と打ち消すラジオ放送を行った。」との内容を簡明に纏めたリード文があって甚だ親切です。
・「東京朝日新聞縮刷版」昭和十四年二月號通卷第二百三十六號(昭和十四年三月十日印刷納本・昭和十四年三月十一日發行・定価金二圓五十錢・東京朝日新聞發行所・378頁)
 日本図書センターの復刻版に拠ったのですが、時間に追われて復刻版の刊年等までメモを取って来ることが出来ませんでした。その他、色々見落しがありますので再見の際に確認して註か追記にて補いたいと思います。
 昭和十四年二月二十三日(木曜日)付「東京朝日新聞」第一萬八千九百九十六號、――縮刷版では夕刊4頁、朝刊10頁なのですが、朝刊の最後の頁の頁付が、この前後の号も含めて(一十)もしくは(一)なのです。奇妙だと思って(一)頁から見て行くと、どの号も(五)頁がない。(六)頁の頁付の位置からして、初めからなかった訳ではないらしい。そうすると原紙は、常識的に考えて4の倍数で12頁あったのでしょう。その5頁と12頁を「縮刷版」には再録しなかったもののようです。どうして再録されなかったのかは、いつのことになるか、朝日新聞記事データベース「聞蔵Ⅱ」閲覧の機会を得て確認したいと思います。
 それはともかくとして、「縮刷版」の昭和14年(1939)2月23日付朝刊の最終頁、11頁の頁付はかすれていますが「(一)」と読めそうです*2。14段組で最下部の2段は広告、コラム「青鉛筆」は12段めの左寄りにあります。最初の4行の上にイラストロゴ、体育座りで焚火に当たる頬被りの男のイラストに、手書きで右上から右下に「青鉛筆」のタイトル。以下、本文を抜いて起きましょう。▽は下向きの二重三角、ルビは附訓活字が多く殆どが均等。ルビがなく読点を使用している1字下げの箇所は2行ずつ示しました。

 ▽最近全市/一帶に亙つて/流布されて居/る惡質の流言/蜚語に對して警視廳情報課では/管内全警察署に流言の嚴重取締/方の通牒を發しデマ放送の犯人/檢擧を開始したが、依然兒童婦/女子に恐怖を與へる佝僂男の怪/奇デマが根強く流布されてゐる/ので二十二日午後七時ニユース/の放送時間に*3
  ▽最近市内の一部小學校や/ 女學校生徒の間に「夜間赤マ/
 ントを着た佝僂男が現れ、一/ 人歩きの婦人や子供の生血を/
 吸ふ」とか「此の男のために/ 警察官までも犠牲となつた」/
 と事實無根の流言が行はれ、/ 之が市内一圓に擴がつてゆく/
 樣な情況にあります、固より/ 斯樣な事實は全然ないのであ/
 りますから警視廳も嚴重に取/ 締つてゐます、皆樣も流言に/
 惑はされず今後一切他人とこ/ の樣な話をしないやう御注意/
 申上げます
と各家庭に尾鰭をつけて生んだ/デマの事實無根を放送*4
 ▽今後デマの放送に對して/も容赦なく取締り惡質デマの根/絶に努める事になつた*5


 次回、私が数年前に掘り出しました新聞各紙の報道内容と比較して見たいと思います。(以下続稿)

*1:煩瑣な資料紹介を省いて要点のみを『昭和十四年の赤マント』と題して書籍に纏めたい希望。出来れば『わたしたちの赤マント』と題する日記・回想・小説のアンソロジーも編纂したい。

*2:アルファベットはその頁の版次の最終。

*3:ルビ「さいきん/たい・わた/ る ふ /あくしつ・りうげん/ ひ ご ・たい・けい し ちやうじやうはうくわ/くわん・けいさつしよ・りうげん・げんじゆう・しまり/つうてう・はうそう・はん/けんきよ・かい し ・ い ぜん じ どう ふ /きよう ふ ・せむし ・くわい/ き ・つよ・る  ふ //はうそう」。

*4:ルビ「 か てい・ひれ/じつ・はうそう」。

*5:ルビ「はうそう・たい/ようしや・しま・あくしつ/ぜつ・つと」。