瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

かとー君の怪

 私は高校時代を兵庫県で過ごしたけれども、卒業後は、既に父が東京に転勤になっていたため、初めから東京の大学だけ受験していた。いや、国立大学なら地方でも良いと云うので、以前住んだ場所に近い某国立大学を受験した。2016年4月3日付「万城目学『鹿男あをによし』(3)」に書いたように3科目受験だったのだが、当時は3科目受験は殆どなかったからエライ人気で、出願時に旅行業者に依頼すると市内のホテルを斡旋すると云うので申し込んだのだが、一応市域の中だけれども山の中の温泉宿に連れて行かれ、和室に10人くらい詰め込まれたのであった。それはそれで、心細くなくて良かったのだが、酷い鼾をかく奴がいて、よく眠れなかった。翌朝、観光バスで大学まで連れて行かれた。しかし凄い倍率だったみたいだから、英語の点の酷かった私は所詮記念受験だったのだが。
 結果、東京で一年浪人したのだけれども、2014年3月24日付「楠勝平『おせん』(1)」に書いたように、全く人付き合いをせず、気儘に過ごしていた。予備校も単科を受講したし、今よりも遙かに見た目が怪しかったので、同じ授業を受講していた人も何人かいただろうが、誰とも話さなかった。さすがに大学に合格して後は、さすがに同じ授業を受講した人と話したし*1、サークルにも当初何故か3つも入っていたし、話すようにはなったのである。
 一応大学生生活に慣れた5月の中旬ぐらいだったか、サークルBOXの1つから授業のある校舎に向かって、ぼんやり晴れた日の午後だったろうか、私は1人で学生用の掲示板が並んでいる前を歩いていた。ふと見ると、向うから女性が歩いて来る。土曜だったのか、或いは連休の谷間だったのか、他に人は殆どいなかったと思う。と、向うから来る女性が、何だか見たような気がするのである。向うも同じく私に見覚えがあったらしく、擦違わずにそのまま正面に向き合ったのである。こっちはよれよれの私服だが、向うは運動部に所属しているのか、ジャージ姿である。そして、私を見上げるようにして、
「かとー君でしょー?」
と言ったのである。
 私の全身が、ほわっと真っ白になった気がした。――これが5月6日付「スキー修学旅行(3)」の注に予告した、高2のときの同級生で、東京で遭った2人のうちの1人で、実は、私は彼女のことが好きだったのである。しかし、高2のときの私は5月2日付「スキー修学旅行(1)」に書いたような按配だったから、全くの片想いで、告白して通じるはずもあるまいし、相手も迷惑だろう。だから別にどうこうしようと云う気にはならなかった。それに、転勤族の息子で、3年に1度父の転勤に従って転居していたから、人と継続的な関係を築くことを初めから諦めていた。しかし、こういう感情と云うものは年頃である以上萌してしまうもので、それは抑えようがない。では、全く脈がないくらいの相手の方が、片想いにしかならぬ相手には都合が良いと思ったのである。そして卒業アルバムで顔を見て、随分顔が違うことに驚いたものである。まぁ顔がどうこうと云うだけではなかったつもりだが、外見の観察がそもそもそんな程度で、人柄も結局は詳しく知る程でもなかった。だからまぁ、初めから縁がなく、卒業でいよいよ何の縁もなくなったと思っていたのが、思いがけず再会したのである。
 しかし、私がホワイトになったツボはそこではなくて、――私は「かとー君」ではないのである。だから、思いもかけない事態に応じようがなくて何も言えないでいると、向うは「ほら、○○高校の2年生のときに同じクラスだった△△です」と、追い打ちを掛けて来たのである。そう、確かに高2の同級生だ。だから、何かの間違いではない。確かに向うは、高2のクラスに私がいたことを認識している。……しかし、私は「かとー君」ではない。「××なんだけど」と訂正するべきであろうか。いや、今更そこを正したところで何になろう。私は高2のときに同級だったことは認めるような曖昧な態度を取って、こちらからは殆ど何も言わずに別れて、その後、1度も会わない。
 それにしても、不思議なのは、高2のクラスに加藤も嘉藤も河東も、紛れそうな苗字の阿藤も伊藤も江藤も鬼頭も後藤も佐藤も、そういう苗字の男子は誰もいなかった(女子もいなかった)ことで、まぁいれば似ている別人に間違われたことになるから、あっさり「かとーじゃなくて××です」と訂正出来たかも知れないのだが、私に紛れそうな男子なんかいなかったし、そもそも「かとー」の出所に全く思い当らなかったので、答えのしようがなかった。――これでそもそも感じていなかった未練も何も綺麗さっぱり吹き飛び、そもそもが何もなかった訳だし、顔もしかと見ていた訳ではないから初めから幻に恋していたようなもので、甘美な回想の対象にもならず、今となっては高校時代のことは何も覚えていないのだ*2が、ただ「かとー君」の謎だけは、やはり「なごり雪」のようにどこかに引っ掛かった小骨みたいに、折に触れて思い出されるのである。

*1:5月15日追記】「さすがに」及び「た人と話したし」を補った。

*2:5月12日追記】あれこれ書いているうちに、実は大学時代に書いた小説みたいなものに、惚れる前に交わした会話を使ったことがあったことを思い出したが、暫く触れないで置く。