瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(06)

 「十六人谷伝説」の件は、全て後回しにしても良いのだけれども、そうするといつのことになるか分からぬので、昨日見た「科学研究費助成事業 研究成果報告書」に、若干の註釈を加えて置こう。
・野崎雅明『肯搆泉達録』(1)
 まづ野崎雅明(1757~1816)の『肯搆泉達録』だけれども、富山県立図書館所蔵の著者自筆本(15巻15冊)が富山県立図書館HP「古絵図・貴重書ギャラリー」でほぼ全部(裏表紙・裏表紙見返しなど除く)カラー画像で公開されている。
 「黒部山中の事」は巻之十四に載る。巻之十四は「目録」1丁、本文32丁、表紙見返し右下に朱文長方印に墨書で「富山日報社長/横山四郎右衛門氏寄贈昭和十五三十」とある。富山日報社は現在の北日本新聞社の前身で、昭和15年(1940)8月1日に富山日報と高岡新聞・北陸日日新聞・北陸タイムスが統合して「北日本新聞」第1号が発刊されている。「古絵図・貴重書ギャラリー」の「肯搆泉達録 巻1~巻15 解説」には「‥‥。富山日報社社長の横山四郎右衛門氏が入手されたが、昭和15年に旧富山市立図書館へ寄贈され、県立図書館へ移管された。‥‥」とあるが正確ではない。横山四郎右衛門(1881.1.19~1965.5.13)は寄贈時の富山日報社社長で、入手には関与していない。所蔵者も富山日報社とすべきであろう。
 この辺りの事情は同じ「解説」に「‥‥、明治25年(1892)に富山日報社から刊行され、‥‥」とある富山日報社版(明治二十五年一月八日印刷・明治二十五年一月八日發行・非賣品・前付10+三百八十六頁)の前付(頁付なし)1~2頁「緒 言」に明らかである。この刊本は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧出来る。

     緒 言
肯搆泉達録は舊富山藩士族故野崎雅明氏の著述な/り氏の大父蘇金翁越中の舊記精確なる者尠きを歎/き汎く太初以還の事蹟を採摭し父老の口碑に存す/る話抦も亦細大漏れなく編纂し喚起泉達録を著は/し以て聊か藩治を裨補し史料を資せんと豫期せし/が翁死亡の後其書半は散佚復た收拾するに由なし/雅明氏深く之を惜しみ勤めて舊聞を求め群志を搜/り拮据焦心大父の業を継ぐ遂に卷を成すこと若干、肯/搆泉達録即ち是れなり其登載する所ろ理乱興癈の/事蹟、天災事變の梗概、山川原野の転遷、神社佛閣の來/歴其他苟くも舊事の傳ふ可き者は悉く具備せり唯/其事の奇怪にして諧謔に屬する者ありと雖も遽古/【1表】の記事皆な一部の不可思議劇*1と見る如き者多く獨/り本書の缺陥にあらず唯閲讀の際葑菲之を取れは/可ならんのみ況んや其神秘なる中には現在の事實/と對照し大に効益を與ふる者あるに於ておや弊社/曩きに野崎氏の後裔に就き本書を讓り受け印刷以/て愛顧諸彦に分たんとせしが愈今回の改良を機と/し日々附録に摺り立て末は完全なる冊子となすを/期せり而かして其記事の奇怪に失する者も凡て之/を削除せず多少文辞に修正を加へ以て久しく筐底/に埋沒せし本書の光輝を發揚せんとす越中の舊事/記往々坊間に散在するも恐くは能く本書の右に出/づる者なかる可き歟
  明治二十三年十月九日     富山日報記者識  【1裏】


 読点は字間にある。最後の1行のみ字間が詰まっている。「こと」は合字。
 ところで気になるのは、この「富山日報記者識」の「緒言」が「明治二十三年十月九日」付、刊記より1年3ヶ月前の日付になっていることである。
 この点については、「西尾市岩瀬文庫/古典籍書誌データベース」の『肯搆泉達録』の「成立」に、

文化12年2月、岡田英之序。緒言の冒頭欄外に刊記「明治廿三年十月九日 富山日報 第千六百七十九号附録」。明治23年10月、富山日報記者緒言。補写部分の書写識語「明治二十五年八月 石埼久子補写」。

とあって、まづ明治23年(1890)10月9日に「富山日報」第1679号の附録として刊行され、以後「日々附録に摺り立て」たとしたら翌年の前半には完結しただろうから、明治25年(1892)版は完結後に合冊で刊行したものであろうか。或いは明治25年まで掛かったのであろうか。国立国会図書館デジタルコレクションの明治25年版には、この冒頭欄外刊記はない。
 西尾文庫蔵本は「成立」からも窺われるように完本ではなく、「備考」に、

活版部分は洋紙に両面刷、序及び本文一~二百五十八頁と巻末の三百七十五~三百七十七頁存。欠落部分は補写。

とある。明治25年版で見ると「三百七十七」頁には尾題「肯搆泉達録卷之十五*2」とあって、裏には子持枠のみで頁付もなく、さらに「三百七十九」頁から「備   考」が「三百八十六」頁まで、次いで奥付がある。
 明治25年(1892)版は「三百七十七」頁までは同版で、明治23年(1890)版には「備考」の8頁はなかったのかも知れない。なお、富山県立図書館の著者自筆本にも「備考」は付いていない。その内容は佐々成政の滅亡が愛妾「早百合のたゝり」であったとする、やはり「富山伝説の定番」になっている話である。(以下続稿)

*1:ルビ「ミストレー」。

*2:ルビ「こうかうせんだつろくまきの」。