瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(52)

 昨日問題にした、第百書房版『アイヌの傳説』の発行日だが、HN「SYMBOL 10」の7月23日11:15 の tweet に示された再版奥付の画像には「大正十五年五月 五 日初版印刷/大正十五年五月 十 日初版發行/大正十五年五月 八 日再版印刷/大正十五年五月十四日再版發行」とあって、丸山氏の記述する初版・再版の発行日と一致する。


 もちろん、若菜氏の所蔵する三版では、奥付を組み直した際に「大正十五年五月 五 日初版發行/大正十五年五月 十 日再版發行/大正十五年五月十四日三版發行」等と何らかの混乱により誤った可能性がないとは云えないのだけれども、ここは再版奥付に従って「⑥ 釧路圏での初出は新聞広告」の記述は修正を加える必要があるのではないか。もちろん初版の奥付が確認出来ればより確実なのだけれども。
 国立国会図書館サーチで検索するに、北海道立図書館と山口県立山口図書館の蔵書が「再版」であることは分かるが、他の図書館の版次は分からない。札幌市中央図書館の蔵書は出版年月が「1926.5」だが何故か出版者が「富貴堂」になっている。若菜勇の紹介する「釧路新聞」大正15年(1926)6月3日付の広告では、元版の『アイヌの傳説と其情話』の版元富貴堂が「北海道大賣捌」として「発行所 第百書房」よりも大きく出ている。広告を出したのも富貴堂だったのだろう。たまに奥付に「大売捌」或いは「売捌所」として、書店名が入っていることがある。しかし前記 HN「SYMBOL 10」が掲出している『アイヌの傳説』再版奥付に示されているのは発行所である第百書房のみだから、間違えそうにない。大正15年富貴堂書房版『アイヌの傳説』も、存するのであろうか。
 図書館OPAC の情報は、入力者によってその基準が区々なので、やはり実物を見ないことにはどうしようもない。余所の入力データを流用して、四六判なのに「新書」のデータが入っていたり、元版や改版のデータを入れている場合がある。刊年は大抵初版の年が入っている。東京の区立図書館のように、同じ文庫本を複数の館で所蔵している場合、一々の版次・刷次を示す訳に行かないから、それは当然で、しかしこういうダブリのない古書の場合は、やはりそこまで入れて欲しいと思うのである。
 それから、やはり、誤りが多いらしいことも気になる。北海道立図書館OPACでは『アイヌの傳説と其情話』及び『アイヌの傳説』の他に『アイヌの伝説』第2集(1981)と『アイヌの伝説』第3集(1982)が「青木 純二∥著」としてヒットする。版元は苫小牧の志鳳堂書店で、第2集は木箱入りの豆本(大きさ 7.8cm)1冊、第3集は紙箱入りの17頁の豆本(大きさ 9.3cm)であることが分かる。
 札幌市中央図書館には『アイヌの傳説と其情話』と上記の『アイヌの傳説』が所蔵される他に、志鳳堂書店の『アイヌの伝説』も第3集(1982.2)が所蔵されている。1冊(ページ付なし)で大きさは9×7cm、北海道立図書館と同じ豆本と思われるが、こちらは「青木 純一/著」となっているのである。それから、青木純二『アイヌの傳説』は大正9年(1920)刊、納武津『民族性の研究』(日本評論社出版部・347頁)と合冊されて昭和4年(1929)9月に『民族性の研究 アイヌの傳説』として成光館出版部から再刊されていて、これも札幌市中央図書館に所蔵されているのだが、札幌市図書館OPACでは「青木 順二/著」と誤っている。そうすると「青木純一」の方も2020年10月7日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(167)」に見た映画「地獄の唄」の映画情報サイトのデータのように、「青木純二」の間違いなのだろう、と思う。
 しかしながら「日本の古本屋」で検索するに、『アイヌの伝説』第二集が2箇所から出ているのだが、どちらも「青木純二著」ではないのである。――データの詳しい1箇所について見ると、木製小箱入の豆本(8.0×5.0)で限定200部の内第192番、版元が志鳳堂書店(苫小牧市)で刊行年が「昭和56年」だから北海道立図書館と同じ豆本だと思われるのだが、札幌市図書館OPACの第3集と同様に、著者が「青木純一 著」になっているのである。もう1箇所は刊行年が「昭50」になっているのは「0」と「6」の書き間違いか見間違いの打ち間違いかも知れないが、やはり志鳳堂書店の豆本で「相箱入 状態良 限定200」とあるから同じ本と思うのだけれども、これも著者は「青木純一」である。
 そこで念のため、版元の所在地であった苫小牧市立中央図書館OPAC で検索して見るに『アイヌの伝説』第1集がヒットした*1。やはり豆本で、出版者の欄に「苫小牧:志鳳堂書店/1980年08月」とある。そして著者の欄には「青木 純一/著」「南館 友良/編」とある。そうすると、北海道立図書館OPAC が「青木純二」としているのが、実は間違いなのではないか、と云う気分になる。しかし著者名が似ていて、編者がいるところからすると内容は先行の書物からの抜萃だろうから、北海道立図書館のデータ入力者が『アイヌの傳説と其情話』から採っていることを確認して「訂正」したのかも知れない。――色々想像されるのだが、とにかく現物を見ないことにはどうしようもないのである。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 青木純二のアイヌ伝説については、同時代の評が『北海道史料展覽目録』(昭和三年七月・北海道帝國大學附属圖書館・丗一丁)に見えていたことを思い出した。すなわち十七~廿九丁「四 アイヌニ関スル著書」の廿四丁表1~2行めに「アイヌの傳説と其情話   活版一册/アイヌの傳説」として3~7行め、

アイヌ」ノ傳説、神話等ハ科學的研究者以外ニモ興味ヲ牽ク材料トナリ/得ル。本書等ハ共ニ趣味ヲ中心トシテ、「アイヌ」ノ傳説ヲ蒐メタルモノナ/リ。著者青木純二ガ東京朝日新聞社記者トシテ北海道滯在中ニモノシタル/モノ。後者ハ前者ノ不純ナルモノヲ撰擇取捨シテ刊行サレタルモノ。
前者ハ大正十二年、後者ハ大正十三年刊行。

とある。実物を展覧させていたはずなのに大正13年(1924)刊『アイヌの傳説と其情話』を「大正十二年」、大正15年(1926)刊『アイヌの傳説』を「大正十三年刊行」と誤っている。私は『アイヌの傳説』は見ていない(『アイヌの傳説と其情話』にしても国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧しただけだが)が、阿部氏・丸山氏それから『アイヌの傳説』を所持して Twitter で発信している諸氏も同じものだと云っているから「後者は前者の不純なるものを選択取捨して刊行されたるもの」ではないはずなのだが、どうしてこのような判断になったのだろう。図書館OPACでも『アイヌの傳説と其情話』と『アイヌの傳説』の本文の頁数は214頁で一致しているから、尚更不審なのである。
 しかしながら、青木純二のアイヌ伝説について、昭和3年(1928)7月の段階で、「科学的研究」としての「興味」ではなく「趣味を中心として‥‥蒐めたるもの」と、まぁ当然と云えば当然の評価を下していることが注意される。それから肩書きの効果――小樽高商の学生、そして函館日日新聞の記者として数年北海道で過ごした青木氏が、まんまと(?)「東京朝日新聞社記者として北海道」に「滞在」したことに、なりおおせているのである。(以下続稿)

*1:現在、映画と演劇書オンライン・ショップ「CINEMA JAPAN」を運営している函館市の志鳳堂書店が、この豆本を出していた苫小牧の志鳳堂書店と関係があるのかどうかは不明。苫小牧市立中央図書館には他に昭和61年(1986)3月刊行の佐々田博 写真『写真で見る苫小牧』が所蔵されるのみ。苫小牧市立中央図書館所蔵の2冊は北海道立図書館や札幌市図書館にも所蔵がない。