瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(099)

 昨日の続き。
・三浦秀夫『妖怪変化譚』(4)
 さて、白馬岳の雪女は、遠田勝『〈転生〉する物語』にて、東京朝日新聞の記者であった青木純二が昭和5年(1930)に、その著書『山の傳説 日本アルプス』に高濱長江訳『怪談』を下敷きにして捏造したものであることが明らかにされた、はずだった。
 ところが、本書が紹介する昭和3年(1928)刊『信越の土俗』はこれよりも早い。
 しかし、この『信越の土俗』と云う本が、本書に紹介されているばかりで他に見たと云う人もいない(らしい)。国立国会図書館はもちろん、白馬岳周辺の長野県、新潟県富山県の図書館にも所蔵されていない。国立国会図書館サーチに所蔵情報が引っ掛からないような施設に所蔵されていて、実は閲覧出来るようになっているかも知れないが、目下、全くのお手上げである。宮坂幸造と云う人のことも、皆目、分からない。
 だから、何処かに間違いがあるかも知れない。書名か、刊年か、編者名か。しかし、何処が間違っているのかも見当が付かない。よって、ここでは仮に、本書の記述に間違いがない、と云う前提で、考えてみることとしよう。
 すなわち、白馬岳の雪女を捏造した誰か、と云う問題に『信越の土俗』を介在させることによって、2通りの可能性が生じることになると思うのだ。
 ここでポイントになるのは『信越の土俗』が「宮坂幸造他編」となっていることである。
 すなわち、雪女について書いたのが誰だか、分からない、と云うことになる。
 そうすると、可能性としては『信越の土俗』の執筆陣に青木純二が加わっていて、主人公の職業や子供の数が Lafcadio Hearn に近い雪女を書き、そのとき為された指摘を参考に、2年後の『山の傳説』に、職業を木樵から猟師に変え、子供の数を半減させ、母親の存在や命を取らなかった理由を Hearn に遡って復活させた、改訂稿を載せたと云うことが考えられる訳である。
 これは、有り得ない話ではない。
 2019年8月11日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(098)」以降に述べたように、『山の傳説』に載る「晩秋の山の宿」は昭和3年(1928)夏に「サンデー毎日」の「一頁古今事実怪談」懸賞募集の入選作「深夜の客」と殆ど同文で、筆名で投稿されているが2019年8月10日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(097)」に述べたように、当時新潟県高田市在住だった青木純二の作品だと思われる。『山の傳説』収録に際し「深夜の客」では大正3年(1914)だった事件のあった年を、北陸本線開通前の明治30年(1897)に書き換えている。
 青木氏は2019年10月21日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(136)」に引いた、大正13年(1924)刊『アイヌの傳説と其情話』の「はしがき」に「大部分は『婦人公論』『淑女畫報』『大阪朝日』その他の諸新聞雜誌に發表したもの」と説明しているように、職業柄もあってか新聞雑誌に発表することが多かったようだ。ただその実態を調査しようと思っていた矢先に色々と不自由になってしまったために、この「はしがき」の記述の裏付けは、2020年1月25日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(146)」に挙げた、「雪の中に咲く百合(の)花」くらいしか出来ていないのだけれども。
 とにかく、昭和3年(1928)に地元で『信越の土俗』編纂の話が持ち上がり、東京朝日新聞高田支局在勤で『アイヌの傳説と其情話』の著書、そして雑誌に「日本アルプスの傳説」等を発表していた青木氏にも執筆の話があり、そこで雪女を、白馬岳を舞台にして書いてみた。それをさらに、昭和5年(1930)の自分の著書『山の傳説』にも取り込んだ、と云ったことは、如何にもありそうではある。『山の傳説』収録に際して、『信越の土俗』では省いてしまった母親の存在や、端折ってしまった最後に主人公を殺さなかった理由やらを復活させたのだと。さらに、多過ぎるように思われた、子供の数を10人から5人に減らし、木樵ではなく猟師にしたのだ、と。
 もちろん、『信越の土俗』に雪女を執筆、と云うか捏造したのが青木氏ではなかった可能性も、考えられる。この場合『山の傳説』を纏める準備をしていた青木氏が『信越の土俗』を見て白馬岳に雪女の話があることを知り、自著に取り込んだ、と云うことになる。母親や主人公を最後に殺さなかった理由の復活は、高濱長江訳『怪談』を持っていた青木氏は『信越の土俗』の雪女が Lafcadio Hearn の「雪女」と同じであること(何故同じなのか疑ったかどうか)に気付いて、その不足する部分を原典に遡って補い、その一方でより白馬岳らしくなるよう主人公の職業を変更、子供の数も減らしたのだ、と*1
 しかし、2021年9月21日付(054)等に触れたように、青木氏は既に『アイヌの傳説と其情話』に2話、Lafcadio Hearn「雪女」の翻案を行っていたことを遠田氏が指摘している。してみると『信越の土俗』に白馬岳の雪女を捏造して載せたのも、やはり青木氏らしく思われるのである。
 しかしながら、そんな見当を付けて見ても『信越の土俗』の所在が分からない限り、どこまでも想像を逞しくするばかりである。しかしもし『信越の土俗』が実在するのであれば、それは『山の傳説』の一段階前のものらしく思われるのである。――もし『信越の土俗』の所在を知っている方、そして『妖怪変化譚』の著者、三浦氏の消息を御存知の方がいらっしゃいましたら、コメント欄までご一報下さい。(以下続稿)

*1:この、白馬岳の雪女に不足する部分を Lafcadio Hearn「雪女」に遡って復原した、と云う作業については、遠田勝が松谷みよ子の雪女について指摘していた。