瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

みずうみ書房『昔話・伝説小事典』(4)

 昨日の続きで、①『昔話・伝説小事典』3頁「凡  例」7項目(2~27行め)と③『昔話・伝説を知る事典』8頁「[凡例]」8項目(2~17行め)の比較の続き。
 の4項め(10~11行め)は年を「西暦(年号)年」で示したことでの4項め(9行め)も同じ。但し本文はは横組みなので算用数字、は縦組みなので漢数字で(年号)がやや小さい。
 次のの5項め(12~13行め)はにはない。「5. 内容的に関連する項目については⇨で示し/ た。」と云うもので、例えば78頁左「学校の世間話」項の最後(31~37行め)は、次のようになっていた。

学校の世間話は,まだ光の当てられて/いない世間話の分野である。
⇨現代の世間話        (米屋陽一)
〔参〕常光徹「学校の世間話―中学生の妖怪伝承にみる異界的空間―」昔話伝説研究12 松谷みよ子『現代民話考・第二期・Ⅱ』1987.立風書房


 当該箇所は、62頁「学校の世間話」項では次のようになっている。13~15行め、文献2点は下寄せだが仮に上寄せにして示した。

 学校の世間話は、まだ光の当てられていない世間話の分野である。        (米屋陽一)
常光徹学校の怪談――口承文芸の展開と諸相――』一九九三、ミネルヴァ書房
松谷みよ子『現代民話考・第二期・Ⅱ』一九八七、立風書房


 横組みを縦組みに変えたために算用数字や丸数字を漢数字にしたり、段組なしで1行の字数が増えた分、段落分けを減らすなどの表記替え以外は同じで、ここのみ違っている。
 さて、参照するように指示されている103頁左「現代の世間話」項を見るに、やはり34行め「⇨学校の世間話,偽汽車    (米屋陽一)」とあって互いに参照するように指示してあるのだけれども、92頁「現代の世間話」項(米屋陽一)は同文ながら、やはりこの「⇨学校の世間話,偽汽車」のみ削除されているのである。
 しかし、どうして「⇨」をなくしてしまったのであろうか。
 ところで、常光氏の論文「学校の世間話」が、刊行後にこれを改稿して収録した『学校の怪談』に代わっているのは良いとして、講談社KK文庫『学校の怪談』シリーズ等が刊行される前で、現代民話考『学校』しかなかった時期の記述をでも変えていないのは何故なのだろうか。いや、先程参照した「現代の世間話」項でも103頁左31~33行め「‥‥<現代の世間話><現代の/民話>は,これからの口承文芸研究の/重要な位置を担っていくだろう。」となっていた末尾が、92頁14~15行め「‥‥〈現代の世間話〉〈現代の民話〉は、これからの口承文芸研究の重要な/位置を担っていくだろう。」とそのままなのである。
 前回見たの「[凡例]」1項めに拠れば、は昭和62年(1987)のを底本としながら、平成25年(2013)にの「再編集」に際して「各項目は執筆者の手により加筆・修正・校閲を経て」いたはずである。それだのに、1987年当時の状況を説明した箇所を四半世紀を経た2013年にもそのままにしているのはどうしたことだろう。
 これも前回確認(再確認)した野村純一「日本の昔話と伝説」本文中の、立項されている語句をゴシック体にしていた配慮、それからこのの凡例5項めの「⇨」で関連項目を示す配慮をやめ、或いは巻末の索引を削って全国の主な伝説・昔話・おどけ者話の分布図に差し替えたのも、地理に疎い人には便利かも知れないが、あらずもがなで情報量として格段に落ちる。いや、それぞれの項目が掲載されている頁からして(は1頁2項目ずつ、は1頁1項目だから)事典としての情報量が格段に違っている、すなわち相当数の項目が「再編集」によってなくなったことが察せられる。しかも、残した項目が(もちろん書き換えられている項目もあるのだろうが)旧態依然である。ちょっと、いや、かなり、どうかと思っている。(以下続稿)