瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

清水成夫『八王子ふるさとのむかし話』(3)

 巻一には昭和55年(1980)版、すなわち巻二刊行に合わせた増刷があったようだ。昭和52年(1977)版の巻一を借りている間に、並べて見たいとは思うのだけれども、ちょっとその余裕はなさそうだ。

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 巻二の〔A〕と〔B〕の異同だが、〔A〕は191頁と奥付の間に折込みの「圖 總 郡 摩 多 南」がある。但し「間鶴」までは載っているがそこから南が切れている。何かの地図の一部らしいが出典を書いていない。神奈川県ではないこと、町制施行しているのが八王子町と日野町のみで、豊田駅の辺りにあった桑田村がなくなって日野町に含まれているところから明治34年(1901)4月1日以降、いや、中央本線が八王子より先、浅川駅(現・高尾駅)があって東小佛隧道線(小仏トンネル)が開通しているところから同年8月1日以降、横浜鉄道(現・横浜線)が通じているところから明治41年(1908)9月23日以降、そして「町田村」として載っている現在の町田市が町制施行して町田町になったのが大正2年(1913)4月1日である。そうすると明治41年9月から大正2年3月までの地図と云うことになる。他にも子細に点検すれば時期を絞り込む手懸りがあるかも知れぬ。
 大体の時期の見当が付いたから、今後、この時期の資料に注意して見ることとしよう。
 この地図が〔B〕にはない。初めからなかったのか、取れてしまったのか、よく分からない。前者らしく見えるのだけれども。

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 巻一は奥付にも下部小口側に「183」の頁付があり、裏の、中央に11月20日付(1)に注意した、牡丹の花らしきカットがあるがこの頁にも「184」の頁付がある。
 巻二〔B〕にも奥付の裏、中央に同じカットがあるが〔A〕にはない。〔B〕にはもう1枚、何も印刷されていない本文と同じ用紙があって、カットが薄く写っている。
 なお、巻二は〔A〕〔B〕とも化粧裁ちが施されているが、巻一は化粧裁ちしていないので、少々めくりづらい。(以下続稿)