瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

石角春之助 編輯「江戸と東京」(7)

・濱本浩「塔の眺め」(3)
 一昨日からの続きで、31頁上段12行め~下段6行め、

 ところが、では何の邊まで見へましたでせう? ときくと/僕も見たことがないから知らぬがね、との返答であつた。貴/君のやうな淺草通が塔の眺めを知らぬのはをかしいではない/かと詰問すると、でも塔の下には鐵門が閉つて居てはいれな/かつた、と云ふ。
 なるほど鐵門はしまつて居たが、塔の下に凌雲座と云ふ芝/居小屋があつて、そこの入場料二十錢を拂へば、廊下續きの/十二階にも、景物的に登れたことを、S氏は忘れて居たらし/い。さう云つても、景物的に登らしたのは、凌雲座が興行し/【31上】て居る間のことであつた。そのほかの時には、鐵門をあけて/幾らかの入場料で塔の上らして居たことは勿論である。
 但し猫の眼のやうに變化した淺草の取締だから、飛降自殺/があつたからと云つて十階以上に登ることを禁止した時代も/あり、倒れさうで倒壞の怖れありとして、全々入れなかつた/時もあつたに相違ない。


 S氏は「塔の上でズロースを乾した小説も書いたくらひ」と昨日引用した箇所にあったのに、どうも登ったことがないらしい。
 しかし、この「鉄門」の辺りの記述は凌雲閣についての知識がないと分らない。よって今の私の手に余るのだが「凌雲座が興行して居る間」に「景物的に登らした」ことは添田氏の回想に絡んで来るので、引用して置きたかったのである。
 飛降自殺については細馬宏通『浅草十二階』と佐藤健二浅草公園 凌雲閣十二階』に詳しい。しかしそこを参照しているとまた長くなってしまうので、今は先を急ごう。31頁下段7~18行め、

「淺草繁昌記」によると、「凌雲閣は千束町二丁目にあり、俗/に淺草十二階と稱し高きものゝ代名詞とせらる、地盤の建坪/三十七坪五勺、高さ二百二十尺あり。十階までは八角形に積/みたる煉瓦造にして、上層二階白木造なり。閣内には繪畫、/寫眞、音樂、望遠鏡などの備あり、登臨の風景甚だ遠く且つ/濶く東京第一の稱あり」と書かれて居る。
 現在の松屋の屋上は地上から八十尺以上はないわけだが、/それでも富士と筑波が前後に見へると云ふから、二百二十尺/もあれば、甲信の山々が見へない筈はないと、信濃の山が見/へたか何うか、いつまでも氣にして居た私は十二階の眺めを/東京第一と教へて呉れた淺草繁昌記に、すつかり信賴してし/まつた。


 ここは「淺草の灯」にも引用されている。1章めの「塔の眺め」の「四」節、昨日引用した箇所の直前、一三頁8~11行めに、 

「淺草繁昌記」にも「凌雲閣は千束町二丁目にあり、俗に淺草十二階と稱し、高きものゝ代名詞とせら*1/る。高さ二百二十尺、十階までは八角形に積みたる煉瓦造にして、上層二階は木造なり。閣内には、繪*2/畫、寫眞、音樂、望遠鏡などの備へあり。登臨の風景甚だ遠く、且つ濶く、東京第一の稱あり」と記さ*3/れてゐるやうに、‥‥

とあって、同じ箇所の引用のはずが異同がある。
・實力社 編纂『淺草繁昌記』(明治四十三年十二月十八日印刷・明治四十三年十二月二十一日發行・定價金壹圓五拾錢・實力社・口絵+4+342頁)の原文は以下の通り。211~266頁*4淺 草 公 園」242頁上段13行め~248頁下段4行め「【觀 覧 塲】」247頁下段6行め以下「◯千束町二丁目*5」のうち全体を1字下げにした248頁上段5~14行め、

◯凌雲閣  千束町二丁目にあり、俗に淺草十二階*6/と稱し、高きものゝ代名詞とせらる。明治二十三年*7/十月の落成にして、地盤の建坪三十七坪五勺、高さ*8/二百二十尺あり。十階までは八角形に積みたる煉瓦*9/造にして上層二階は木造なり。構造頗る堅固にして*10/二十七年六月の劇震にすら、少許の損害なかりしと*11/いふ、其後四周に鐵帶を施し、ます〳〵堅固を加へ*12/たり閣内には繪畫、寫眞、音樂、望遠鏡などの備あ*13/り、登臨の風景甚だ遠く且つ濶く、東京第一の稱あ*14/り。


 この程度の省略は当時の書物には普通に行われていることである。「淺草の灯」と「塔の眺め」の異同は濱本氏が『淺草繁昌記』の原本を参照してそれぞれ適宜引用箇所を変えたからであろう。その他の異同は濱本氏の誤写か、誤植・校正漏れか、「塔の眺め」に関しては後者が多いらしいが、やはり引用箇所は注意を要する。(以下続稿)

*1:ルビ「あさくさはんじやう き ・りよううんかく・ぞくまち・ちやう め ・ぞく・あさくさ・かい・しよう・たか・だいめい し 」。

*2:ルビ「たか・しやく・かい・かくけい・つ・れんぐわづくり・じやうそう・かい・もくざう・かくない・くわい」。

*3:ルビ「ぐわ・しやしん・おんがく・ばうゑんきやう・そな・とうりん・ふうけいはなは・とほ・ か ・ひろ・とうきやうだい・しよう・しる」。

*4:国立国会図書館デジタルコレクションでマイクロフィルムに基づく白黒画像が閲覧出来る国立国会図書館蔵書は211~214頁を書いているが「目   次」4頁4行めに「二百十一頁」とあるのに従った。別本で確認の機会を得たい。

*5:漢字に傍点「・」。

*6:「凌雲閣」に傍点「・」あり。ルビ「せんぞくまま・てうめ ・ぞく・あさくさ・かい」。

*7:ルビ「しよう・たか・だいめいし ・めいじ ・ねん」最後の「ん」右を上にして横転。

*8:ルビ「がつ・らくせい・ぢ はん・けんつぼ・つぼ・しやく・たか」。

*9:ルビ「しやく・かい・かくがた・つみ・れんが 」。

*10:ルビ「づくり・じやうそう・かい・もくぞう・こううぞうすこぶけんご 」。

*11:ルビ「ねん・げつ・げきしん・しよヽ〳〵・そんがい」。

*12:ルビ「そのご し しう・てつよう・ほどこ・けんご ・くは」2字めの「の」左を上にして横転。

*13:ルビ「かくない・ゑ ぐわ・しやしん・おんがく・ばうえんきやう・そなへ」。

*14:ルビ「とうりん・ふうけいはなは・とほ・か ・ろひ・とうけふだい・しよう」。