瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

蓋にくっついた話(1)

 「蛸焼きの話」というのを聞いたのは、平成4年(1992)の5月頃であったかと思う。大学で、たぶん1歳下の北九州出身の女子学生から聞いた。
 この話は常光徹学校の怪談講談社KK文庫)』にも載っているらしい。最近、講談社KK文庫の「数々の“こわい話”のなかから“百物語”を厳選」して「大人にも親しみやすい文章にあらためた」という講談社文庫版2冊本に入っている。副題が「K峠のうわさ」という1冊(2009年8月12日第1刷発行・定価448円・講談社・159頁)と「百円のビデオ」という1冊(2009年9月15日第1刷発行・定価476円・講談社・187頁)で、それぞれ「一、百物語の世界」として50話、「二、学校の七不思議」として7話を収めるが、「一、百物語の世界」は「K峠のうわさ」が第一話から第五〇話、「百円のビデオ」が第五一話から第九九話と「一番こわい話」を収録する。
 その、第五九話が「タコ焼きの話」である(「百円のビデオ」34〜37頁)。
 ここでは、私が聞いた話を紹介する。『学校の怪談』に載るものよりも良いと思うからだ。但しもう20年近く前の話であり、その後、持ちネタのように話し続けているので、私なりの潤色がかなりある。ただ、話の骨子は、最初に大学の後輩から聞いたものと、変わっていないはずである。

【A】今から60年ほど前、戦争が終わってしばらく経った頃、ある山の中の村に、お爺さんとお婆さんが住んでいました。2人の間には子供が出来なかったのですが、2人だけで仲良く暮らしていました。
 ところが、そのうち、お婆さんが病気になってしまいました。そして、もう最期が近いと見えた頃、お婆さんが看病しているお爺さんに言うことには、「お爺さん、私ゃ、蛸焼きが食べたい」。
 そこで、お爺さんはよし分かった、という訳で、急いで山を下りて、当時のことなので自動車もないので、走って下りて、麓の町で蛸焼きを買って、そしてこの温もりを少しでも止めたい、という訳で、それにもう死にそうな訳だから、走って山を登って帰って来ました。
 そして、お婆さんの枕元に駆け寄って、「さ、お婆さんや、買ってきたよ、召し上がれ」と蛸焼きの箱を差し出すと、お婆さんは起き上がって「やれ嬉しや」と蓋を開けてみるとからっぽ。「あっ!」――吃驚して、お婆さんは死んでしまいました。
 お爺さんがおかしいな、と思ってよく見てみると、あんまり急いで走って帰ってきたものだから、蛸焼きがみんな蓋に押し付けられて、蓋を開けたときにみんな蓋にくっついていたのでした。
【B】それでお爺さんは悲しんだんだけど、もう仕方がない。で、当時の村では、村八分って言葉があるんだけど、……知らない? 村八分ってのは、昔の村は冠婚葬祭いろいろな行事をみんな助け合ってやってたんだけど、村の掟を破ったりすると、仲間外れにする訳。でも、そのうちの20%、二分だけ、火事と葬儀のときだけは、いつもは仲間外れにしていても助けてやろう、だけど残りの80%、八分は相手にしない、って訳で、村八分っていったんだけど、もちろん、このお爺さんとお婆さんは村八分になんか遭ってなかったから、村の人たちが当然助けてくれて、立派にお葬式も出来たんだけど、……そういえば、棺桶って見たことある? 今のお棺は、あれは棺桶じゃない。桶ってくらいだから、でもお風呂の手桶くらいしか見たことないかも知れないけど、円筒形で底のある木の容器な訳。で、そこに白装束で頭に△のキレを付けて、体育座りみたいに座った格好で、納める訳。で、たまに、死後硬直の前に納棺して、その後で死後硬直が起こって、棺桶の中で立ち上がったなんてこともあったらしい。江戸時代の怪談本や随筆にたまにあります。で、当時はそれは怨念が残ってたから立ったんだとかいうことにされちゃった訳なんだけど。それはともかく、お婆さんを棺桶に納めて、このお婆さんは立ち上がったりせず、それでいよいよ埋葬ということになって、今は火葬しなきゃいけないけど、当時は土葬だから、村はずれの墓地に、村の若い衆に担いでもらって、そして掘ってあった穴にいよいよ埋めるという段になって、お爺さんが泣き出して、「もう一度お婆さんの顔が見たい」。
 もうお棺の蓋、釘を打ってあったんだけど、村人たちはお爺さんとお婆さんの夫婦が2人きりで、ずっと仲良く暮らしていたことをよく知ってたから、釘を抜いてやって、「さ、お爺さん、最後にお婆さんの顔を見てやんな」と言うとお爺さん、「やれ嬉しや」と蓋を開けて中を覗き込むとからっぽ。
「あっ!」――吃驚して、お爺さんは死んでしまいました。
 村人も吃驚してよく見てみると、お婆さん、蓋にくっついてた。


 ここでウケると同時に「それからどうした」とのツッコミを受けるのだが、「これはギャグです」と答えるしかない。「お前だ!」や「このカミが欲しい!」みたいなものである。その後どないかなりましたか、と聞かれてもどないもならしまへん、としか答えようがない。で、話の途中で、棺桶の説明をするときに絵を描いておいて、そして話し終えた後に、そこに蓋にくっついて、ひっくり返ってるお婆さんの絵を描き添えて「こうなってるはず」と説明すると、さらにウケて効果的に誤魔化すことが出来る。
 【A】だけで終わっているパターンも聞いた気がするが、『学校の怪談』も【A】【B】に対応する構成になっている。但し、『学校の怪談』では【A】と【B】の関連づけは弱い。【B】が起こる理由が十分でないし、【B】にお爺さんも登場するが、死んだお婆さんと夫婦になっていない。


 さて、こんなアホみたいな話なのだが、実は300年前に遡る発想なのである。(以下続稿)