瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

『ほんとうにあったおばけの話』(01)

 8月21日付で『むかえにきた死人たち(ほんとうにあったおばけの話④)』(1990年7月初版第1刷発行・定価1000円・156頁)という本の細目を紹介して、ちょっと気になったことがあり、翌日、つまり一昨日、古いメモを繰ってみた。――私は児童向けの怖い話本を毛嫌いしていて、自分が児童だった頃には読まなかったし、「学校の怪談」ブーム以後各社から続出した類書は年頃からしても手にしなかったので、この『ほんとうにあったおばけの話』というシリーズのことは全く知らなかった。それなのに「やっぱりミオさんはやってきた」という題に、なぜか見覚えがあったのだ。
 それが以前、「民話の手帖」掲載の松谷みよ子「現代民話考」について調査したときの記憶だということは、すぐに見当が付いた。この「やっぱりミオさんはやってきた」は単行本『現代民話考[第二期]II 学校〈笑いと怪談/子供たちの銃後・学童疎開・学徒動員〉』(1987年6月9日第1刷発行・立風書房・定価2,000円・407頁)及び文庫本『現代民話考[7] 学校・笑いと怪談・学童疎開』(二〇〇三年十月八日第一刷発行・筑摩書房・定価1400円・475頁)に採用されていないのだが、それ以前の、雑誌掲載の「現代民話考」――「民話の手帖」第5号(一九八〇年四月十日発行・定価八八〇円・民話の研究会・176頁)36〜78頁に掲載された「現代民話考 その五学校の怪談」にはあったようなのだ。これは単行本・文庫本のうちの「怪談」の基になったもので、メモを見るに「魂や幽霊の訪れ/その一 児童や学生の魂のおとずれ話例・A 魂のおとずれ」として5話挙がる中に、確かに「○大阪府。……。出典・中村さと子「やっぱりミオさんはやってきた」(偕成社『現代民話おばけシリーズ2・ゆうれいがふくフルート』より要約)」があった(58頁)。ちなみに他の4話は単行本「第一章 怪談/十七、魂や幽霊のおとずれ」のうち、140〜148頁(文庫本169〜178頁)に再録されている。「やっぱりミオさんはやってきた」についての私のメモは「大阪府/ある中学  3学期  2年の教室  ある先生の授業  戸が開く  病死(女子・中2)  クラス替え以降なくなる」という簡単なもので、作者(の姓)が一致しない(中村さと子・山本聡子)のが少々気になる*1が、話の内容は一致している。
 そして、8月21日付に紹介した「骨しゃぶり」も、この雑誌掲載の「現代民話考 その五学校の怪談」では「魂や幽霊の訪れ/その一 児童や学生の魂のおとずれ話例・D おまえ、見たな(骨をかじる男)*2ではなくて「神や妖怪の話/その六 山んば」の話例「○愛知県岡崎師範学校。本文。出典・寺沢正美「骨しゃぶり」(偕成社『現代の民話おばけシリーズ1・消えてしまった少女』より要約)」として、紹介されていた(75〜76頁)。他に類話は紹介されておらず、単行本198〜221頁「二十、学校の妖怪や神たち」(文庫本236〜265頁)には、この話も「山んば」の項もない。
 こうなってくると、『ほんとうにあったおばけの話』と『現代の民話おばけシリーズ』の関係が気になってくる。『ほんとうにあったおばけの話』では同じ巻に入っている「やっぱりミオさんはやってきた」と「骨しゃぶり」が、『現代の民話おばけシリーズ』では別の巻に収録されているから、単純な再版ではなさそうだ。(以下続稿)

*1:もちろん理由の見当はついているのだが、敢えてボケて置く。

*2:この話は、特に結核絡みの場合、怪異談という訳ではなく、健康状態への不安から心理的に追い込まれた人間の異常行動というべきだから、この分類「魂や幽霊の訪れ/児童や学生の魂のおとずれ」は不適切である。単行本では、8月21日付でも述べたように「おまえ見たな」は「寄宿舎の怪」として、修正している。初出時の分類及び単行本の分類の問題点は、別に述べる予定。