瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

人力車の後押しをする幽霊(5)

 私がこの怪異談に注目したのは10月26日付(4)に引いた話を、9月22日付「林家彦六『正蔵世相談義』(1)」に取り上げた『正蔵世相談義』で読んだからで、もう2ヶ月は前のことになる。
 まづ、類話の有無を確認するために松谷みよ子『現代民話考』を調べ、その一方で登場人物について調べ、そして体験者である初代三遊亭圓左(1853〜1909.5.8)が「幽霊車」と云う落語に仕立てていることを知って、記事は10月23日付(1)に、落語の方から書き始めたのである。
 『現代民話考』には、分類の基準が曖昧であることや時期が判然としないこと等、いろいろと文句を付けて来たが、やはりこれだけの話を集積した型録は他にないので、興味を惹く話に出会す度に、同じ話が載っていないか、或いは似たような話がないか、必ず参照することにしている。
 すると、単行本『現代民話考|Ⅲ| 偽汽車・船・自動車の笑いと怪談』(1985年11月25日第1刷発行・定価1,800円・立風書房・384頁・四六判上製本)207〜381頁「第三章 自動車、列車などの笑いと怪談」217〜322頁4行め「一、幽霊」に、310頁7行め「人力車の後押しをする幽霊」との見出しで、似たような話が1話だけ挙がっていた。ちくま文庫版『現代民話考[3]偽汽車・船・自動車の笑いと怪談』 (二〇〇三年六月十日第一刷発行・定価1300円・筑摩書房・444頁)では233〜440頁「第三章 自動車、列車などの笑いと怪談」243〜375頁4行め「一 幽霊」に、362頁7行め「人力車の後押しをする幽霊」との見出しで、やはり1話だけである。

文藝春秋デラックス移りゆくものの記録江戸と東京

文藝春秋デラックス移りゆくものの記録江戸と東京

 例によって『現代民話考』の引用は出典を一部省略しているので『現代民話考』が省略している箇所を太字にして示した。出典である田辺貞之助「深川育ちの深川ばなし」は、「文藝春秋デラックス 移りゆくものの記録「江戸と東京」」(昭和50年11月号/第2巻第12号・昭和50年11月1日発行・700円・文藝春秋・170頁・A4判並製本)126〜130頁に掲載された。詳細は追って記すことにするが、8つの節に分かれるうちの6節め、128頁2段め28行め〜129頁2段め7行め「下町のオカルト話」の前半が、この話である。改行位置は「/」で示した。
 『現代民話考』の単行本は310頁8〜16行め、改行位置は「|」で示す。文庫版は362頁8行め〜363頁1行め、改行位置は「\」で示した。単行本の鍵括弧開きは全て半角、鍵括弧閉じは1つめのみ半角。文庫版の鍵括弧開きは行頭のみ半角。読点の異同は分かりにくいので注記した。

 話がだいぶ田舎へ行ってしまった。少し江戸向きへもどろう。不動様のうらを通っ/て木場の北を抜け、斜めに東北へ向かう道/がある。私が五つ六つ\のころ、父|と不動様/へ行ったが、酒好きの父が少し飲みすぎた/【128頁2段め】し、雨も降って来たので\*1人力車で帰っ/た。家へ|着いて金を払うとき*2父は「これ/はおかみさんの分だよ」といっ\て、余計に/渡した。すると*3車夫が「ま|た出ました/か」と悲しげな声でいった。その車夫は\近/ごろ幼い子供を残して細君に死なれたが、*4/細|君は死んでも夫を助けようとするらし/く、\雨の晩は必ずあらわれて、車の後押し/をするので、時に|は余計な駄賃をもらうこ/ともあ\るが、可哀そうで仕方がないと涙ぐ/んだ。家へ入ってから、父は母|にこう説明/した。\「前の車夫のヒタヒタという強い足/音とは別に、後でピタピタ小刻みに走る/軽い足音|が聞こ\えたんで、てっきり細君が/後押しをしていると思ったのさ、暗くて姿/は見えなかった\が」|と。じつに哀れな話である。
 深川も場末になると、こんなオカルトめいた話が多い。‥‥


 こうして比較して見ると、この話に関しては意図して省略したと云うより、不注意に拠る写し間違いのように思われる。ならば文庫版刊行に際して、典拠に当り直して正確を期してもらいたかったと思うのである*5
 それはともかく、『現代民話考』ではこれに続けて出典として、単行本311頁1〜5行め、

                               東京都・田辺貞之助/文――
 
 分布
 ○東京都江東区*6。本文。
   文・田辺貞之助「深川育ちの深川ばなし」。出典・「移りゆくものの記録・江戸と\東京」(文芸|  春秋)

とあり、文庫版363頁2〜6行めは「○」が「*」、最後の行も前の行と同じく3字下げで、版元名は「文藝春秋」となっている。(以下続稿)

*1:『現代民話考』読点なし。

*2:『現代民話考』読点なし。

*3:『現代民話考』読点なし。

*4:『現代民話考』は読点全角。

*5:実は、私は表示されている地名に誤りのあることを指摘する手紙を出し、その際に、もし宜しければ一通り地名の点検作業をしても良いと、多分大学生か修士課程の院生だったかで暇と精力を持て余していたので、申し出たことがあるのだが、こういう手合いを入れてしまうと厄介なことになると思われたのだろう、断られてしまった。その後文庫版が刊行され、誤りが訂正されないままになっている(単行本以後の市町村合併は反映させない旨「文庫版まえがき」に断ってあるが、私が問題にしているのはもちろん単行本以来の誤りである)のを見て、ひどく落胆した覚えがある。――本文の引用の問題も含め、今からでも何とかならないものだろうか。

*6:ルビ「こうとう」。