・角川文庫13390(2)
3月23日付(06)の続き。
改版初版と改版九版の内容は同じ。以下、必要に応じて改版初版とその前に出ていた角川文庫79の改版六十六版*1との違いを指摘して置く。1頁(頁付なし)扉、3頁「目次」、4〜6頁(頁付なし)中村明「夏目漱石『坊っちゃん』――あらすじ*2」、これは改版六十六版にはなかったが、紹介文でも特に強調されているおまけである。7頁(頁付なし)中扉、8頁から本文で181頁まで。1頁16行、1行36字。末尾に(明治三九・四・一)とある。182〜193頁「注釈」は139項、注は半角漢数字で頁を示しその下に「*」を附して語を挙げる。複数でも「*」。なお、改版六十六版では140項あったので1項減っているが、これは次の注がなくなったためである。すなわち改版六十六版の「三〇」頁のところ、5つある注の5つめ「 *□□ 原稿に、作者の指定で「二字アケル」となっている。」とあって本文30頁8行めを見るに、
そのうち学校もいやになった。□□ある日の晩大町という所を散歩していたら郵便局の隣に/蕎麦とかいて、……
となっている。2つめの□の右脇、下に「*」が附されている。これが改版初版の39頁10行めでは、
そのうち学校もいやになった。ある日の晩大町という所を散歩していたら郵便/局の隣に蕎麦とかいて、……
となっており、注もなくなってそれで注の数が1つ減ったのである。ルビ「おおまち・そば」は共通。ちなみに2月13日付(01)に紹介した自筆原稿を見るに、28枚目の21〜22行め(123頁)で、以下のようになっている。
其うち学校もいやになつた。ある日の晩大町と云ふ/所を散歩して居たら郵便局の隣りに蕎麦とかいて、……
「ある日」の上から前の行の最後、空白になっている1マスまで線を引いて(二字アケル)と書き入れている。ここのところ、別の文庫本ではどうなっているかということだが、今手許にある、2月13日付(01)に紹介したぶんか社文庫を見るに、43頁3行め、
そのうち学校もいやになった。ある日の晩大町と云う所を散歩していた/ら郵便局の隣りに蕎麦とかいて、……*3
とある。2月28日付(02)に挙げた新潮文庫③九十七刷・百一刷・百十刷を見るに、27頁18行め〜28頁1行め、
そのうち学校もいやになった。ある日の晩大町と云う所を散歩していたら郵便局の隣りに蕎麦/とかいて、……*4
となっている。まだ取り上げていないのも一応見ておくと、岩波文庫の第107刷(2006年8月17日発行)31頁9〜10行め、
そのうち学校もいやになった。ある日の晩大町という所を散歩していたら郵便局の隣り/に蕎麦とかいて、……*5
となっていて、どれもこの指示に従っていない。確かに(二字アケル)とはどういうつもりなのか、分からない。或いは、研究者には何か説があるのかも知れないが。いや、初出誌「ホトトギス」や単行本『鶉籠』がどう処理しているんだか確認した方が良いのだけれども。
と、思っていたら書庫から出してもらって岩波文庫の第四十二刷(昭和三十二年八月十日發行)を見るに、26頁16〜17行め、
其うち學校もいやになつた。 ある日の晩大町と云ふ所を散歩して居たら郵便局の隣りに蕎/麥とかいて、……*6
と処理されており、青空文庫を利用している名作旅訳文庫(2010年1月1日初版発行)も同様に、
そのうち学校もいやになった。 ある日の晩大町と云う所を散歩していたら郵/便局の隣りに蕎麦とかいて、……*7
と処理していた。(以下続稿)