瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

御所トンネル(2)

 前回4月25日付(1)に、小池氏に「誤り」があるとした話だが、この話のそもそもの原典は、次の本に収録されたものである*1

東京の民話 (1979年)

東京の民話 (1979年)

中村博 編『東京の民話』一九七九年六月三十日初版発行・定価980円・一声社・220頁・四六判並製本
 220頁〔執筆者〕には、中村博・望月新三郎・渡辺節子・高橋伸樹の4名が、出身地と民話関係団体の所属(いづれも日本民話の会の前身である「民話の研究会」の会員)そして著書が紹介されている。
 編著者(奥付による)の中村博による「一九七九年五月十五日」付の215〜218頁「あとがき」によると、「週刊紙『東京民報』に昨年の四月から、一年間連載したもの」で、最初は編集部の依頼で中村氏独りで始め、連載開始後に望月氏・渡辺氏の協力を得た。挿絵を毎回描いた(本書にもその一部が再録されている)高橋氏も執筆している。全56話中、中村氏が34話、望月氏が15話、渡辺氏が3話、高橋氏が4話である。
 扉、カラー口絵、1〜6頁目次、7頁(頁付なし)「喜福寺のとら猫/――東京のどうぶつ民話――」の扉で8頁から本文、1頁16行、1行44字。目次には「1 」から「5 」まで章番号が入っているが扉には番号はない。「1 」は60頁までで15話。「2 」は「絵から抜けた白馬/――東京のふしぎむかし――」で61〜110頁、13話。「3 」は「駅員の幽霊/――東京の怪談――」で111〜152頁、11話。「4 」は「大根長者/――かなしいはなし――」で153〜178頁、7話。「5 」は「目かりばあさん/――東京いまむかし――」で179〜214頁、10話。もちろんこれは掲載順ではなく内容によって分類編集されている。
 219頁に〔協力いただいた方〕として10名、〔参考にした資料〕として雑誌も含む26種。〔協力いただいた方〕は話し手だと思われるが、本文中にはどの話を語ったかは明示されていない。各話の末尾には執筆者が「文・中村 博」などと示されているだけである。参考資料からまとめた話も少なくないようだ。尤も、文献に依拠した話でも全く伝承の絶えて完全に文献に依拠したものか、ある程度文献により補ったもののいくらかは編著者による独自取材の成果を盛り込んだものか、それとも全くのオリジナルなのか、といったことは、一見しただけではよく分からない。
 それはともかく、章題にもなっている、149〜152頁「駅員の幽霊」が、小池氏が『異界の扉』124頁に紹介した話の、原典である。なお、小池氏は「この話」について「鉄道関係者の間でひそかに語りつがれたらしい」と書いているように、直接取材することは出来なかったらしい。
 「駅員の幽霊」は題下に「新宿」と伝承地が示され、末尾に「文・高橋伸樹」とある。書き出し149頁3行めは「わたしの姉さんは、国鉄の駅員をしていたの。あれは昭和十八年か十九年のころだったと思うわ。/」で、初めは怪談ではなく、男性が出征したため「女の駅員のほうが多かった」こと、そして姉が「十八歳で国鉄信濃町駅」の駅員をしていたと当時の状況を説明し、信濃町駅に「たった一人」残っていた「若い男」の駅員に「赤紙」が来たとき、突然、ある「女の駅員に、/「結婚してくれ 」/と、泣きながら、追いかけ回した」という、追い詰められた人間の悲喜劇を語る。なお、この「わたし」は219頁の〔協力いただいた方〕に見える「新宿区」の女性ではないか、と思われる。高橋氏はこの章の初めに「手ぬぐい百本」という「江戸川」の話(112〜115頁)を執筆しているが、やはり女性の語り口調で、〔協力いただいた方〕には、やはり「江戸川区」の女性の名が挙がっているからである。10名中女性は2名で、ともに高橋氏の執筆分らしいことが注意される。
 それはともかく、これに続いて怪談が語られている。150頁13行め〜157頁7行め。最初の方を引用してみる。150頁は上半分が挿絵で本文は1行16字。

 ちょうど、そのころなの、幽霊の/うわさが広がったのは。
 四谷駅から信濃町駅に向う途中の/線路の上に幽霊が出たんだって。ほ【以上150頁】ら、トンネルがあるでしょう。それをぬけると、今は左側の高いところに高速道路があるでしょう。/その下は墓地になっていて、あの辺の凹地一帯には、古い平屋が、いっぱい建っているでしょう。/昔はとても、寂しいところだったのよ。
 最終電車がね、四谷駅をでて、トンネルをくぐって、少しいった時にね、運転士さんが、
「おや?」
と思ったの。
 目の前をカンテラをさげた駅員が、スーウッと通るのよ。


 「次の日」も「また次の日」も「カンテラをさげた駅員」を目撃して、初めて幽霊だと気付く。運転席の高さを人が通れるはずがないからだ。そして最後、152頁4〜7行め、

 幽霊は、そこで作業中に事故死した、駅員さんだったのね。戦争が激しくなって、国鉄の仕事も/厳しくなっていたのね。
 そんな時の事故で死んだのよ。若い駅員さんも、女の駅員さんも、そして彼女もまた戦争の犠牲/者だったのね。


 この結語の「そして彼女もまた」に注意すべきだろう。「若い駅員さん」と「女の駅員さん」は、赤紙が来たことで精神的におかしくなり追い掛けた方と追い掛けられた方だろう。それでは「彼女」とは誰なのか。――これは、文脈からして「カンテラをさげた駅員」としか見当が付けられない。「事故死した、駅員さん」は「彼女」すなわち女性だったのである。だからまず「そのころ」は「女の駅員のほうが多かった」という事実が強調されていたのだ。
 だから、小池氏が『異界の扉』122頁に引く「年寄りがよく口にしていた怪談」の「青ざめた男の顔」とこの話を結び付けるのは、少々強引と云わざるを得ないのである。
 いや、もっと大きなところで、実は事実誤認がある。(以下続稿)

*1:2019年4月28日追記】投稿時に貼付出来なかった書影を追加した。