瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

御所トンネル(4)

 昨日の続き。
 それでは、『現代民話考』にはこの話はどのような形で紹介されていたのか、見て行こう。単行本293頁14行め〜294頁6行め、文庫版341頁4〜13行め、前者の改行位置を「:」で、後者の改行位置を「|」で示した。

 昭和十八年か十九年の話。姉は国鉄の駅員をしていた。男の人はみんな兵隊になって|しまったの:で、女の駅員のほうが多かった。その頃、四谷駅から信濃町駅に向う途中の|線路の上に幽霊がで:た。最終電車が四谷駅をでて、トンネルをくぐって少し行った時に、|運転士の目の前をカンテラを:【293頁】さげた駅員が、スーッと通った。「あぶないなあ」と思い|ながら運転していると明かりがフーッと:消えた。その時は、あまり気に止めなかったが、|次の日も、また次の日も同じところで、カンテラ:をさげた駅員がスーッと通りぬけた。|そこで運転士は「これは人間じゃない、幽霊だ」と思った。:だってずうっと高いところ|にある運転席の高さを、人間が通りぬけるわけがない。幽霊は、そこで:作業中に事故死|した駅員だった。戦争が激しくなって、国鉄の仕事も厳しくなっていた。
                                東京都・高橋伸樹/文――


 それと断らずに要約している。もちろん断っていなくても要約であることが察せられる纏め方だが、いくつか問題がある。まず、こんなに要約してしまうのなら、「姉は国鉄の駅員をしていた。男の人はみんな兵隊になってしまったので、女の駅員のほうが多かった。」などという断りを入れる必要はないだろう。どうせ入れるのなら『東京の民話』149頁6行め「わたしの姉さんは、十八歳で国鉄信濃町駅の改札で切符を切っていたの。」の方を残して置くべきだった。最後の「戦争が激しくなって、国鉄の仕事も厳しくなっていた。」も取って付けたようである。それなのに肝心の「幽霊」が「女の駅員」であったことが、これでは分からない*1
 『東京の民話』は一部を4月26日付(2)に引用したように、全体が女性の語り口調で書かれていた。従って、〔協力いただいた方〕に挙がる「新宿区」の女性に取材したものとの推測を述べて置いた。『現代民話考』では「だって」のみ口語調を不自然に保存しているが、女性の語り口調であったことまでは分からない要約となっている。その上で単に「高橋伸樹/文」としている。この辺り、もう少し配慮があっても良かったと思うのである。というのも、高橋氏は日本民話の会(「民話の研究会」の後身)の会員だったのだから、話者について確認するのはそれほど難しくなかったはずである。これでは、高橋伸樹(1937〜2010.5.3)の「姉」の話のように読めてしまう。そして、高橋氏に確認する機会はもう失われてしまった。
 それはともかく、怪異の発生場所に関しては、線路の南に墓地のある辺り、といった説明は省略しているものの、この要約でも『東京の民話』に同じく、トンネルの中の怪異とは読めない。
 問題は『現代民話考』の分類である。
 この話は何故か、単行本・文庫版とも「第三章 自動車、列車などの笑いと怪談」の、単行本は「一、幽霊」、文庫版は「一 幽霊」の、単行本293頁13行め〜301頁2行め・文庫版341頁3行め〜349頁5行め「列車のトンネルの怪・橋の怪」の「本文」つまり典型的な話例に採用されているのである。ちなみにこの項には11話収録されており、単行本と文庫版とで増減はない。(以下続稿)

*1:原典を知っていて読めば、本題とは無関係な前後の「断り」からもそんな気がしてくるように思うが、原典を知らずに読んだのでは絶対に分からない。結論としては「これでは分からない」と言ってしまって良かろう。