ついで昭和14年2月26日(日曜日)夕刊を見て置きましょう。
「都新聞」昭和十四年二月廿七日(月曜日)付、第一万八千四百三十六號の「夕刊*1」、すなわち(一)面の題字の下に「行發日六十二」また上欄外に「(頁八刊夕日六廿)」とあって26日の午後の新聞、その(四)面、7段組で5段めは広告、6〜7段めは2段抜きで松竹の「行興月三る彩を春の亞東に味興の得獨座三め始祭菊團」の番組、上4段が対談形式のコラムでトップに2段抜きで手書きのロゴ「〈對/談〉・近頃よも山ばなし/日曜特輯讀物」とあって、以下、ロゴに描き込まれている2人の顔のイラスト、天然パーマ風の中年男性と太った少年の2人の問答の形式らしいのですが、肝腎の人名のゴシック体が、文字が潰れて読めないのです。先々月末、再度確認すべく同じマイクロフィルムを出してもらって睨めっこしたのですが、どうしても読めませんでした。或いは原紙の閲覧をすべきなのかも知れませんが、今は仮に読み得たものを示して置くに止めます。
この対談は所々見出しがあって、1段め1行め「議會を戒める」に始まって1段め37行め「米穀案と大乘精神」、2段め26行め「その後に來るもの」、3段め39行め「セムシは殖える?」、3段め62行め「作家と興行精神」、最後は4段め27行め「"全地球狂人"の説」。イラストにもキャプションが添えてあって1段め「議塲は何故睡いか」2段め「流産翌日の社大控室」に「ほんとですか?/と泣いたといふ、哀話也」、3段め「諺に謂へらく/犬も歩けば棒に當ると」、4段め「チエンバレン氏/は譯がわからなくなつた」と「後暫くの辛抱です」。
赤マントに触れているのは見出しからも察せられるでしょうが、3段め35行め以降です。話の全体について説明出来れば良いのですが、そこまで調べる余裕も、調べずに書き流すだけの知識もないので止めて置いて、関係箇所のみ抜いて置きましょう。
須〓熊 いや、僕がたゞさういふ風に豫想するといふだけの話/なんでして……然も何ですナ、さういふことになると、セムシ男/が殖えることになりますナ*2
飛出〓 何ですか、そのセムシ男ってのは?
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セムシは殖える?
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須〓熊 貴方が御存じない? あのセムシ男を?*3
飛出〓 知りません、一體そりや……*4
須〓熊 いや、いや、貴方が知らないからつて非難は出來ない/です、流言蜚語なんですからナ、從つて僕もそいつを説明出來な/いといふ立塲にある譯なんでどうも……*5
飛出〓 うむ、判りました、つまり世の中がむづかしくなると/さやうな流言蜚語が氾濫する、さういふことですネ*6
須〓熊 えらい、それですヨ、實際事變が始まつてから隨分飛/んだですからナ、ごく最近の奴でも、田中絹代の射殺、御存じで/すか*7
飛出〓 知つてます、三浦光子にもあつたですネ*8
須〓熊 ホヽウ、三浦光子に……馬鹿にしとるですナあー、こ/りやまあ、もつと馬鹿げてゐるんですが、双葉山が死んだといふ/のがありましたヨ*9
飛出〓 双葉がネ、何時死んだんですか*10
須〓熊 えゝと、さやう、春塲所の十日目でしたかナ、彼が何/處かの病院に診察しに行つた翌日です、午後の一時頃だ相ですが/ネ、ある新聞社の社會部に讀者から電話がかゝつて來た、若さう/な男の聲だが、すこしふるへを帶てゐる、實は今友達から聞いた/んだが、お晝のラヂオのニユースで双葉山が死んだと放送した相/だ、ほんとですかつてネ、このほんとですかの邊は泣き聲だつた/といふから哀しいぢやないですか*11
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作家と興行精神
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飛出〓 なるほどそりや哀話だ、哀話と云へば、貴方は小林秀/雄が改造に書いた満洲の少年義勇軍の話讀みましたか*12
双葉山(1912.2.9〜1968.12.16)の死亡説は詳細に及んでいます。電話をして来た若者が担がれたのか、それとも友達にしてから真面目に聞き違えていたのか分かりませんが、こんなことのうちに少しは本当らしく広まってしまったものもあった訳です。他にも*13女優の田中絹代(1909.11.29〜1977.3.21)や三浦光子(1917.1.17〜1969.6.14)にも「死亡説」があったことが分かりますが、何故この辺りまで抜いたのかと云うと、赤マントと同じく流言蜚語ということもありますが、11月3日付(13)で見た、小沢氏に「赤マント」の小説を書かしめたと思しき「讀賣新聞」の記事の通信社員が流していたのが、小沢氏の記憶では「赤マントの流言」だったのですが実は首相平沼騏一郎(1867〜1952)暗殺という「死亡説」だったからでした。(以下続稿)
*1:角書。
*2:ルビ「ぼく・ふう・よさう・はなし/しか/ふ」。
*3:ルビ「あな・ぞん」。
*4:ルビ「たい」。
*5:ルビ「あな・ひなん/りうげん・ご・した・ぼく・せつ/ば・わけ」。
*6:ルビ「わか・よ/りうげんひご・はんらん」。
*7:ルビ「じつさい・へん・はじ・ずゐ・と/さい・やつ・きぬよ・しやさつ・ぞん/」。
*8:ルビ「うらみつ」。
*9:ルビ「うらみつ・か/か・ふたは・し/」。
*10:ルビ「ふたは・し」。
*11:ルビ「はるばしよ・かれ/こ・びやうゐん・しんさつ・よく・ご・ころ/ぶんしや・しやくわいぶ・どくしや・でんわ・わか/こゑ・おび・じつ・たち・き/ひる・ふたは・し・ほうそう/あたり・な・こゑ/かな」。
*12:ルビ「あいわ・あいわ・い・あな・ひで/を・かいざう・か・ぎゆうぐん・はなしよ」。
*13:投稿当初「詳細に及んでいるのですが草臥れたのでここで切ります。興味のある方は記事を御覧になって、対談している2人の名前が読めたら教えて下さい。」としていたのですが、面白いので補って置きました。