瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

遠藤周作「幽霊見参記」(3)

 昨日の続きで、対談集『好奇心は永遠なり』で語られている、熱海の旅館での体験の、後段を抜いて置きましょう。
 最後の節で、遠藤氏は「幽霊もレム睡眠とか大脳皮質だけの問題ではなく、他のいろんな要素も考えられるんじゃないでしょうか」との「反論」をします。中村氏はこれを肯定した上で「ただ、幻覚というのはその人の中にあるものが出てくるわけでして」と応じたところから、幽霊に「若い女性」が多いのは、そういうものを見たいという「願望」かも知れない、みたいな風に話が砕けて来ます。その辺りから抜いて見ましょう。66頁4行めから最後まで。

遠藤 先生のご本の中にあった例ですが、ある場所を車で走ると、山田さんも木村/さんも田中さんも若い女の人が車の前を横切るのを見たという。見たのがみんな若/い女だというのはどうしてなんですか。
中村 そうねえ……。やはりドライバーの本能として、たえず「前をパッと横切ら/れたらどうしよう」という恐怖があるのではないでしょうか。
遠藤 それは分かりますが、なぜラクダではなく女の人になるのか……。
中村 そこはチョット分からないんです。やっぱり同じ見るのなら、お婆さんより/若い女性を見たいという気持ちがあるんでしょう(笑)。遠藤先生が熱海で見たの/は、女の人ではなく男だったんですね。
遠藤 そうです、だからあとで友人の吉行淳之介が「お前と三浦はどこかに同性愛/的感情を持っているんだ」と、いかにも吉行的なことを言ったんです(笑)。【66】
中村 その熱海の旅館には何か因縁があったんですか。
遠藤 分かりません。でも腰が抜けるって本当ですね。その晩しばらく三浦とうつ/ぶしたまま黙っていたんです。私は歯がカチカチいっていたのも確かです。「そこ/を逃げる」ってことが思い浮かばない。そのうち三浦が「逃げよう」って言ったん/です。でも、立てないんですね。それで二人とも這*1って部屋を出ようとして……。/三浦が先に行くものだから、私は彼を引きずり戻した。そうなると、友情も何もあ/ったもんじゃない(笑)。
中村 それで外に出られたんですか。
遠藤 ええ。本当に星の綺麗な夜でした。で、母屋のベルを押したら夜勤の女性が/出てきて、いまの出来事を話したら、「ああそうですか」って。普通だったら「エ/ッ!」と驚くでしょ。ぼくらが血相変えていたからその女性が我々をバカにしたの/か、しからずんば、そこではたびたびそういうことがあるので慣れていたのか、ど/っちかは分からない。
 翌朝、その離れにまだ荷物も置いてあったし洋服も脱ぎ捨ててあったから、戻っ/【67】たんです。ひとりで行くのは怖いからジャンケンして……(笑)。部屋に入ったら、/三浦は猫が突然ハネるように飛び起きて身構えるんです。それから東京に帰って私/は熱を出しましたね。あるいは風邪をひいていたのかも知れません。でも、幽霊の/話をしたら三浦の奥さん(曾野綾子さん)は、「あなたたち悪いことをしてきたか/ら誤魔化すためにそんなことを言っているんでしょ」って(笑)。
中村 しかし正真正銘の恐怖体験でしたね。
遠藤 ええ。そのとき先生からレム睡眠の話をうかがっていたら良かったんです/が、それをうかがわなかったために、おかげで充実した一晩を送りました。


 これで、この一件の要点は尽くされています。曾野氏の反応は「三つの幽霊」では続きがありますし、ここには触れていない読者からの電話などもあるのですが、これらの個々の構成要素については比較検討した結果を部分ごとに上げて行くこととします。また「三つの幽霊」では、この話を聞かされた吉行氏は、まともに取り合わなかったことになっています*2。MF文庫ダ・ヴィンチ『私は幽霊を見た』から抜いて置きましょう。129頁8行め〜130頁1行め、

 先日も上野の桜肉をくわせる店で酒を飲んでいる時、作家の吉行淳之介にこの体験談を物/語ったら、
「フン」
 とても嫌ァな顔をしてそっぽ向いた。
「信じないの。信じてくれないの」ぼくはすっかりオドオドして弱い声で呟いたのだが、冷/酷な彼は、
「うるせえな。姉ちゃん、お銚子をもう一本。それから桜肉を持ってきてチョウダイネ」


 してみると、吉行氏はどうやら「あとで」思い直して(?)「吉行的」な“解釈”を思い付いて、エッセイに書いたりしたもののようです。そのエッセイについては、やはり別に紹介することにしましょう。(以下続稿)

*1:ルビ「は」。

*2:2016年5月11日追記】「ネット上から収集した怖い話をカテゴリー別へ整理し掲載して」いるというブログ「怖い話・恐怖体験談を集めてみた」の2016年02月10日「【心霊・幽霊系】午前0時きっかりに時計が止まる部屋」では、どこから拾って来たのか分からないが、――わざわざ遠藤氏が吉行氏と体験しに行ったことになっている。すなわち、三浦氏の役を吉行氏が演じているのだが、場所が熱海ではなく「吉原の廃止された娼館」になっている。そもそも、時計の怪異の話は名古屋の中村遊廓であって吉原ではない。まぁ、この中村遊廓の話も、遠藤氏が書いていることは例によって嘘と誇張に満ちているので、いづれ取り上げて考証を試みるつもりである。――しかし、熱海と中村遊廓の話を繋ぎ合わせて吉行氏を相手役にして場所も吉原、と云う訛伝は、一体どこから生まれたのだろう。……その詮索は、中村遊廓の話について記事にする際に、余裕があったら果たすこととしたい。