瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

亡魂船(1)

松谷みよ子『偽汽車・船・自動車の笑いと怪談(現代民話考III)』 1985年11月25日第1刷発行・定価1,800円・立風書房・384頁・四六判上製本

現代民話考 3 偽汽車・船・自動車の笑いと怪談

現代民話考 3 偽汽車・船・自動車の笑いと怪談

 Amazon詳細ページの書影には図書館のリサイクル図書のシールが貼付してある*1が、ここには狸が描かれている。ちょっと怖いので、所蔵館で狸を隠すようにバーコードを貼付したのであろうか。
松谷みよ子『現代民話考[3]偽汽車・船・自動車の笑いと怪談(ちくま文庫)』 二〇〇三年六月十日第一刷発行・定価1300円・筑摩書房・444頁) 2011年1月23日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(08)」に指摘したように、ちくま文庫版各巻共通の「文庫版まえがき」に、「ぜひという話は差し込んでください」との筑摩書房の担当者からの提案に従って増補された話があるのだが、その新たに追加された話の出典に、2011年11月23日付「七人坊主(22)」にて取り上げた浅沼良次『流人の島―八丈風土記』があることに気が付いた。
 単行本49〜205頁「第二章 船の笑いと怪談」94頁9行め〜114頁12行め「三、幽霊船/幽霊船・漕ぐ音や火」には40話、文庫版57〜231頁「第二章 船の笑いと怪談」105頁6行め〜128頁「三 幽霊船/幽霊船・漕ぐ音や火」には41話、1話追加されているのが『流人の島』からの引用なのである。
 「分布」として北海道から沖縄・場所不明までが並ぶ中に、文庫本の7番め、単行本では98頁の13行めと14行めの間に挿入されている。
 110頁2〜16行め、出典である『流人の島』との異同箇所を灰色太字にして示し、『現代民話考』が引用に際して省略した箇所を注記した。

*東京都八丈島明治二十年頃*2十三人乗りのとび船が樫立沖に出漁した。その日は/ とても海は静かでとびもたくさん網にかかった。ところが、この船はいつの間にか/ へんな方向に流されているのだった。船頭は船主には悪いが網を切ってひき返そう/ と言った。そんなにまでしなくても助かるだろうと言う人や、また船頭に同意する/ 者と意見は二つに分れてしまった。そうして言い争いをしているうちに、遠くの方/ から幻のように見える船が、この船に向って近づいて来た。船のデッキにはすごく/ 多勢の人々が、ワイワイさわぎながら右往左往している。それはまるで沈みかけた/ 船の上で、多勢の人が必死にもがいているかのようであった。船頭はそれを見ると、/ 「亡魂船*3だ、このままでいると、この船とともに沈没して死んでしまう、皆、泳い/ で逃げろ」と叫んだ。船頭に同意した、菊池峯太郎さん、浅沼増一さん(樫立に現/ 存している)他一名は、ただちに海へ飛び込んで、陸に向って死に物狂いで泳ぎあ/ がり無事に助かった。ところが船に残った太田道之助さん他九名は、その翌日にな/ っても帰らず、とうとうそれっきり船とともに行方不明になってしまい、二度と島/ には帰って来なかった。
  出典・浅沼良次著『流人の島』(日本週報社)


 ほぼ原文のまま引用してある。
 『流人の島』初版・改訂七版・改訂十七版の原文を眺めて置こう。104〜117頁「八丈の七不思議」の章、その通り7つの節に分かれるが、その1つめ、104頁2行めに7字下げ2行取りで「海に現われる亡霊船」」とあって、3〜12行め、

 漁船が沖に出て漁をしていると、ハッチョウ櫓*4の亡霊船がエッサエッサのかげ声も勇まし/く、いまにもつきあたりそうに猛烈なスピードで近づいてきて、口々にヒシャクを貸してくれ/とせがむ。
 ヒシャクを貸すと海水を汲みこんで船を沈めてしまうと言われ、どんなにせがまれても貸し/てやってはならないそうだが、やむを得ず貸す場合は、ヒシャクの底を抜いてから貸すものだ/そうだ。
 島の老漁夫の中には亡霊船に海で出合ったという人が多いが、八丈では亡霊船のことを“亡/魂船”*5と呼んでいる。むかしは櫓船*6でとび漁をしたが、天候で急変すると港ににげこまない中/に難破して死亡した人が多かったようである。“亡魂船”には、そうした遭難した地神の亡/霊が乗っていたのを見かけたと言う漁夫達もいる 。*7


 ここまでは前置きの一般論で『現代民話考』は引用していないが、明治20年(1887)頃の事故とは別に、引いて置いても良かったのではないか。
 『現代民話考』が引用しているのはこの節の後半、105頁1〜13行め、引用は改訂七版に拠る。改訂十七版は一致、初版との異同箇所を灰色太字にして注に初版の本文を記した。また初版の改行箇所をズレてしる行のみ「|」で示した。

 明治二十年頃に樫立に起った出来事である。十三人乗りのとび船が樫立沖に出漁した。その/日はとても海は静かでとびもたくさん網にかかった。ところが*8この船はいつの間にかへんな/方|向に流されているのだった。船頭は船主には悪いが網を切ってひき返そうと言った。そんな/に|までしなくても助かるだろ言う*9人や、また船頭に同意する者と意見は二つに分れてしまっ/た。そうして言い争いをしているうちに、遠くの方から幻のように見える船が、この船に向っ/て近づいて来た。船のデッキにはすごく多勢の人々が、ワイワイさわぎながら右往左往してい/る。それはまるで沈みかけた船の上で、多勢の人が必死にもがいているかのようであった。
 船頭はそれを見ると、
「亡*10だ、このままでいると*11この船とともに沈没して死んでしまう、皆、泳いでげろ*12
 と叫んだ。船頭に同意した、菊池峯太郎さん、浅沼増一さん(樫立に現存している)他一名は、/ただちに海へ飛び込んで、陸に向って死に物狂いで泳ぎあがり無事に助かった。ところが船に/残った太田道之助さん他九名は、その翌日になっても帰らず、とうとうそれっきり船とともに/行方不明になってしまい、二度と島には帰って来なかった。


 明治20年(1887)頃の事故の生存者が、初版の昭和34年(1959)には90歳近く、或いはそれ以上の長寿を保って「現存してい」たとしても、さすがに昭和56年(1981)には存命しているとは思えない。細かい改訂をやらなくなった頃に死亡したのか、それとも観光地のように書き換える必要がないところから、早くから見落としていたのだろうか。しかしながら、昭和38年(1963)の改訂再版はかなり細かく手を入れているから、そこまでは生存していたのであろう。昭和44年(1969)の改訂七版までは、流石にどうだろう。
 それはともかくちくま文庫版『現代民話考』が参照したのは「ぼうこんぶね」の振仮名の存在(但し省略箇所から採っている)からして、改訂十七版と同じ、新しい版であったらしいことが察せられる。(以下続稿)

*1:11月7日追記】バーコードを隠すように貼付してある。「リサイクル本です /渋谷区立図書館」とある。

*2:『流人の島』には「に樫立に起った出来事である。」とある。

*3:ルビ「ぼうこんぶね」。

*4:ルビ「ろ」。

*5:改訂十七版ルビ「ぼう/こんぶね」。

*6:ルビ「ろ」。

*7:最後の句点が改訂七版・改訂十七版は離れているが、初版は詰まっている。

*8:初版にはこの読点がない。

*9:初版「だろと言う」。初版は「う」と伸ばさず短く言い切っていたが、改訂版は助詞「と」を略して関西弁みたいに改めている。

*10:初版「亡霊船」。

*11:初版にはこの読点がない。

*12:初版「にげろ」。