瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

松本清張『砂の器』(3)

関川夏央『昭和三十年代 演習』
 5月24日付「松本清張『ゼロの焦点』(4)」に触れたように、関川氏の本作に触れた箇所も、何だかおかしいのです。
 5月27日付「松本清張『ゼロの焦点』(5)」にその冒頭、『ゼロの焦点』についての記述(52頁15行め〜53頁10行め)を引いた、「第二講/「謀略」の時代──松本清張的世界観」の12節め「「汽車旅」のリアリティ」の最後の段落(55頁9〜16行め)です。ちなみに53頁11行め〜55頁8行めまでは松竹映画『張込み』についての記述になっています。

 その後も野村芳太郎は、おもに橋本忍と組んで多くの松本清張作品を映画化しました。『砂の/器』(昭和四十九年)が有名ですけれど、私は感心しません。ハンセン病の扱いがフェアではないし、/ただの美男にすぎない加藤剛の主演だからということのほかに、すでに治癒可能となっていたハン/セン病が、いまだ忌むべき不治の病と扱われているからです。これは、すでに治療薬が開発されて/十年、昭和三十六年に小説『砂の器』――このタイトルもいいですね――を書いた松本清張の責任/でしょう。現代を語ろうとして一歩遅れる松本清張の癖が、他の作品、たとえば『日本の黒い霧』/では売行きに貢献したのに対し、映画化してみるとあからさまな弱点としてあらわれる、その一例/でしょうか。


 いろいろ理解不能なのですが、まづ「フェアではない」とは、差別にも関わるような病気をお涙頂戴の具として扱っている点を指しているのでしょうか。
 映画の主演は加藤剛ではなく丹波哲郎、原作小説でも主人公は和賀英良ではなくて今西警部補でしょう。それに「ただの美男」でない人があの役を演じたら、かなりくどくなってしまうと思うのですがどうでしょうか。映画では三木謙一しか殺害していないけれども、原作の和賀英良は2016年5月22日付「松本清張『鬼畜』(11)」にも触れたように冷酷非情な連続殺人犯で、すんでのところで上手いこと海外に逃亡しおおせるところだったのです。映画の和賀もそこに色付けした訳ですから、子孫を遺すことを過剰に恐れる他は、あまり感情を露わにしない、あぁ云う役になったのだろうと思うのです。あの、妊娠し出産を希望する愛人の高木理恵子(島田陽子)に執拗に中絶するように迫る辺り、ハンセン病の「フェアではない」描写と云えば云えるでしょう。
 「すでに治癒可能となっていたハンセン病が、いまだ忌むべき不治の病と扱われているからです」と云うのも、映画では本浦千代吉(加藤嘉)が息子の秀夫と放浪の旅に出たのは戦中のこととなっており、観客は当然、昭和40年代の扱いとしてではなく、30年前の状況として認識したはずです。もちろん、末尾に、全国ハンセン氏病患者協議会の要請により追加された次のテロップがあることによって、観客のハンセン病の現状に対する認識は改められたことでしょう。

ハンセン氏病は 医学の進歩で/特効薬もあって」
「現在では完全に回復し/社会復帰が続いている」
「それをこばむものは」
「まだ根強く残っている/非科学的な偏見と差別のみで」
「本浦千代吉のような患者は/もうどこにもいない」
「しかし――」
「旅の形はどのように変っても」
 しばらく巡礼の姿を映し、
「親と子の“宿命”だけは永遠のものである」


 確かに、ハンセン病患者は療養所に隔離されていて一般の眼に触れる機会が殆どありませんでしたから、このテロップがなければ、30年前と現在とでどのくらい状況が違っているのか、一般人には気付くことも出来なかったと思います。――本浦千代吉が療養所に収容されていたのは「いまだ忌むべき不治の病」という扱いだからではなく、戦中に療養所に収容され、放浪の旅で身体を壊していたことは「宿命」演奏中の和賀英良(=本浦秀夫)の回想中にも見え、そして今西警部補の前にも車椅子に乗って現れたので、そのまま収容されていたと云うだけだと云うことも、このテロップのおかげで明確になったと云えるでしょう*1
 そしてこのテロップを追加したことによって、和賀が恐れたのは、ハンセン病に対して「まだ根強く残っている非科学的な偏見」であって、閣僚経験者の田所重喜(佐分利信)の娘・佐知子(山口果林)との婚約など、仮に当人と父親が許しても周囲が許さなかったであろうことも察し易くなったことと思います。何せ母子家庭が結婚の障害になったと云う時代なのですから――今でもそれを反対の理由にするようなことがあるかも知れません。
 もちろん、制作者側にそこまでの意識があったかどうかは疑問で、この後に作られたTVドラマ版が、悉く原作ではなく映画版の方の設定を踏襲しながらも、ある事情から本浦千代吉をハンセン病にしなかったことで、却って映画版の声価が高まったと云うことなのだろうと思います。親子が放浪の旅に出る理由をハンセン病以外に求めたTVドラマ各種がそれぞれ不自然で、それで、やっぱりハンセン病にするべきだ、ハンセン病にすることに何か不都合があるのか、何の不都合もなくむしろこの問題を考えさせるきっかけになるのじゃないか、と云う方向に進んで来たように思うのです。今、映画版を愛好する人々はこのテロップなどなくても当然、この映画がハンセン病を「いまだ忌むべき病」として扱っていないことを理解し損なうことはないだろう、と思うはずです。だからTVドラマ版がハンセン病に設定しないことに対する不満の声が新作放映の度に挙がるのですが、映画版単独ではここまでこの設定に関する一般の認識を深め得たかどうかは疑問で、後続の、設定に疑問符を打たざるを得ないTVドラマ版の数々が相対的に映画版の価値を高めたように思うのです。
 原作ではハンセン病を、単に主人公が過去を完全に抹殺させたく思わせる理由として利用しているだけのようです。別に、関川氏が述べているような「現代を語ろう」と云う問題意識の下、ハンセン病を扱ったようには読めません。ハンセン病の強調は映画版の特徴で、それに引き摺られた読み方になっているのではないでしょうか。かつ、父とともに故郷を出たのは映画の設定よりも数年遡って日米開戦前、そして作中の現在は映画より10年ほど前の、なおのこと「偏見」の根強かった昭和30年代なのですから「一歩遅れる」も、「松本清張の責任」もないもんだと思います。
 関川氏は昭和30年代は戦前との断絶を強調しつつ、実は連続しているのだ、みたいなことを書いていたと思うのですが、ここでは急に過去の価値観の継続をなかったことにして、昭和30年代の新しい価値観に従わないことを判断の基準にして『砂の器』を断罪しているように見えるのですが、どうも、唐突で性急な印象が否めないのです。(以下続稿)

*1:6月9日追記】映画版で「宿命」初演と同時並行で行われていた警視庁合同捜査会議で、今西は「彼に母親を去らせ、そして彼等2人に故郷まで捨てさしたものは何でありましたでしょうか。それは千代吉の病気、当時としては不治の病と云われた、癩病であったのであります。」と述べている。