瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

水島新司『ドカベン』(4)

鈴木則文監督『ドカベン』(3)
 8月27日付(3)の続きで、出演者について。
【12】黄色地「山田 太郎橋本三智弘」悪球を打つ岩鬼と声を掛けながら返球する山田と上手投げの長島「長 島 徹永島敏行岩鬼 正美高品正広」以下のキャストは赤字
 以下の記述には、黒木鉄也(1968生)の8月2日付tweetに引用された、昭和52年(1977)2月7日付「日刊スポーツ」の記事「山田に橋本君/岩鬼に高品君/ドカベン」主役決まる」及び2月27日付「日刊スポーツ」の記事「役者やの〜 これでズブシロ?」を参考にしました。Twitterをやっていないので直接お礼申し上げられませんが、ここにて黒木氏には深甚の謝意を表します。
 橋本三智弘は「高校一年の野球部捕手」で撮影当時16歳*1。昭和52年度に高校2年生の役は本人の学年に同じ。
 永島敏行(1956.10.21生)は「専修大二年」で撮影当時20歳。既に複数の指摘があることだが所属事務所HPの永島氏のPROFILE、<主な出演作品>の「映画」項は昭和53年(1978)の主演映画『サード』に始まっており、芸能界入りの切っ掛けが本作のオーディションであったにも関わらず、なかったことにされている。
 高品正広(1950.11.20生)は撮影当時26歳。「日刊スポーツ」の昭和52年2月7日付記事には「千葉県の土建業手伝い」の(二三)歳とある。年齢は3つ鯖を読んでいたことになる。それから同年2月27日付記事には「都内練馬に住んでいる」とある。Wikipedia「高品剛」項に拠ると、「東映演技研修所に入り俳優生活をスタートし、東映のテレビドラマを中心に端役で多数の作品に出演。」とのことで「千葉県」は出身地、「土建業手伝い」とは当時の主たる収入源で、撮影所のある「練馬に住んで」昭和48年(1973)1月14日放映の『アイアンキング』第十四話以来、端役として4年のキャリアがあった。主演3人のうち、橋本氏と永島氏は棒台詞だけれども、高品氏は、アニメ『ドカベン』の玄田哲章(1948.5.20生)演ずる岩鬼と云うお手本があるにせよ、この、漫画でしか有り得ないようなキャラクターを、台詞・身体・表情・仕草等、よく実体化している。
 撮影は昭和52年(1977)2月20日(日)に始まっている。
【13】黄色地「朝日奈麗子山本由香サ チ 子渡辺麻由美影  丸清水昭博賀  間無双大介わびすけ中村俊男」バットを構えるサチ子と山田
 山本由香利(1959.6.6生)は撮影当時17歳。昭和52年度に高校2年生の役だから1歳年上である。――原作の朝日奈さんは細面の正統派美人だったように記憶するので、ふっくらして目の丸い山本由香利が演じているのは違和感があった(と云うより、そもそも山本氏を知らなかった)のだが、現役時代のファンAK氏(1960生)のサイト「ユカリスト!万歳!!山本由香利」やfacebook「山本由香利ファンサイト(非公認)」を眺めているうちに、これで良いのだと思えて来た。ファンの愛に脱帽。映画『ドカベン』の情報も少なくなく、それ以上にキャストされた頃の位置や人物像が浮かび上がってくる。
 私はアイドルと云うと、ドリフに出ていた人たちか、松田聖子とその系統の人を知っているくらいで、そもそもアイドルに熱中するような感性を持ち合わせていなかったので、山本氏は全く知らなかった。セーラー服では目立たないが、8月24日付(1)に紹介した、書店でのパンツ姿など細くてすらりとしている。小顔ではない。
 サチ子を演じた渡辺麻由美は、現在脚本家・佐東歩美として活躍している。ブログ「ayuuun」の2011年09月20日「温泉子役芸者」及び2014年05月19日「鈴木則文監督 ありがとうございました」に本作について生き生きと回想している。撮影時に小学1年生、撮影中に7歳の誕生日を迎えているようだ*2
 続く3人は柔道部の主将たちで、原作では全員野球部に転向して山田と対戦する。
 清水昭博(1957.12.12生)は撮影時19歳。原作のような極端な長髪ではない。
 無双大介(1951.1.7生)は撮影時26歳。鼻の下に髭、目は小さく、正直似ていない。
 中村俊男(1950.2.10生)は撮影時27歳。清水氏・無双氏も雰囲気は出ていて悪くないが、目の大きさと云い目の下に書き入れた隈と云い、3人の中では一番似せている。髪型はぺったりだが。――もちろん、漫画そのまんまの岩鬼の実写化に優るものではないのだけれども。(以下続稿)

*1:Wikipedia「橋本三智弘」項には「1961年」生とあるが「オーディションの頃は中学生で、映画は高校一年の頃」との記述からして、ちょっと信用出来ない。昭和35年度生れで昭和35年(1960)生の可能性の方が高い(昭和36年生とすると1月1日から2月7日までに誕生日を迎えていることになる)。

*2:昭和44年度の生れであろう。