・鈴木則文監督『ドカベン』(11)
9月23日付(12)の続きで、原作と映画について、ざっと比較して置く。但し映画を再見する機を得ていないので、記憶に拠っている。従って、先月見た折にメモした内容以外の細部には及ばないことにした。
運動部員たちと岩鬼が乱闘しているところに転校初日の山田が駆け込んで来る、と云う原作冒頭(文庫版①2〜18頁)は、前回見たような異同があるがほぼそのままである。前回触れれなかった異同のうち、大きなものは、校長と教頭が乱闘を見てヒヤヒヤしつつ何もしない、と云うコマが所々挿入されていたが、管理職の存在はこの映画では省かれている*1。
次いで教室での自己紹介、そして自分のドカベンより山田のドカベンの方が大きいことにプライドを傷つけられた岩鬼が、放課後グラウンドに呼び出すと云う展開(文庫版①19〜27頁)も同じだが、映画では担任を今で云うセクハラ教師にして、ヒロインの朝日奈麗子を目立たせている。岩鬼が朝日奈のことをブス呼ばわりするのに対し、山田が(こんな綺麗な人をブスだなんて)と思うのは同じ。原作の担任(文庫版①21頁1コマめ)は「厂史 ・・・・・・1192」などと板書している(文庫版①283頁3コマめ)ところからして、社会科(日本史)の教師らしい*2。
原作では放課後、理事長の銅像を掃除するために右手に水を張ったバケツを持った山田が、廊下を走って出会い頭に野球部の主将でエースの長島とぶつかり、体格の良い長島に跳ね飛ばされて倒れてしまうのだが、バケツの水を1滴もこぼさず、バケツに水が入っていなかったと思っていた長島を吃驚させる。そこで山田に目を付けた長島が、反射神経を計るべく理事長の銅像を掃除している山田に声を掛けてボールを投げ付けると、避けられると思っていたのに腹にもろに当たったので不気味に思う、という件(文庫版①30〜36頁)があるが、映画では理事長の存在を管理職と同じく省いている*3ので、長島が山田に目を付けるのは、山田を待ってマウンドに座り込んだ岩鬼と野球部が揉め、いろいろあった結果、エース長島と岩鬼・山田が3球勝負することになり、ストレートを投げたのに山田のバットの風圧でドロップした(!)のに驚かされて(但し長島以外の野球部員たちは、長島が変化球を投げたと思っている)以来(文庫版①37〜70頁)のことになる。原作では最初の2球は好い加減に空振りし、最後の1球だけ転校初日の山田を迎えに来てグラウンドの外で見ていたじっちゃんの視線を気にして真面目に振るのだが、映画では野球も含めた過去と決別したことを知るじっちゃんの視線のプレッシャーはなく、山田は3球ともフルスイングして、長島の球を3度ドロップさせるのである*4。
従って、そこで長島は、山田がかなりのレベルの野球選手だったことを悟るのだが、映画では何故野球を辞めたのか(そして成り行きで柔道部に入ってしまう)、そもそも何故転校して来たのか、と云った背景は全く説明されないのである。それを匂わせるような要素(例えば理事長)もほぼ排除されていて、映画では殆ど気にならない、と云うか、気にさせない作りになっている。
ところで映画ではバケツの件は、山田が柔道部に入って後、廊下を両手にバケツを持って歩いて来る山田*5に、待ち構えていた(?)ユニフォーム姿の長島がボールを投げ付けると、山田はバケツを持ったまま飛び上がって空中で前回りに1回転して、しかもバケツの水をこぼさないと云う、さらに漫画チックな特撮場面になっているのである。(以下続稿)
*1:他にも、岩鬼が乱闘を前に自分の弁当箱を投げて預けて置く相手が女子生徒になっているなどの異同がある。
*2:【10月17日追記】晩秋の山田や岩鬼のクラス(3年B組)の授業で、この教師はやはり「厂史」と板書して授業をしている(文庫版⑦19〜20頁)。「おい岩鬼 おまえ進学するって本当か/うそだろ 冗談だろ」と言っているところからすると、中3の担任ではないらしい。但し同じ中3の4月の授業(文庫版④255〜257頁)の板書は「落葉のメロデー/お〜ちば」以下はこの教師の身体に隠れて見えない。【10月18日追記】「3年B組」の根拠は文庫版⑥294頁2コマめ。但し3コマめを見るに、岩鬼が15:30(1コマめ)すなわち放課後になるのを待って、3年B組に山田を訪ねて来たように見えるが、新年度、彼等は同じクラスにいたはずである。
*4:当たっていないから、空振りは空振りである。
*5:【10月31日追記】他の運動部に物置扱いされていた柔道部の部室から他の部活の備品を室外に放り出し、掃除のために「柔道部」と書いたバケツ2つに水を汲んでくると云う設定になっている。なお、この時点では柔道部に入る決意は固めているようだが、まだ正式に入部していないので「山田が柔道部に入って後、」を見せ消ちにした。