瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

水島新司『ドカベン』(20)

鈴木則文監督『ドカベン』(17)
 昨日の続き。
 原作では山田が鷹丘中野球部に入って野球を再開する切っ掛けとして、転校前に野球をやっていた時期のライバル小林真司と、その妹・稔子を登場させる。そしてこれに伴って人物相関図的に小林稔子とポジションの被る朝日奈アッコが(作者の頭の中で無意識に)退場させられたらしいのだが、映画には小林兄妹が登場しないので、ヒロイン朝日奈麗子(山本由香利)は山田が野球を始めてもそのまま登場し続けている。尤も、映画で一番目立っている女子は夏子はん(マッハ文朱)なのだけれども。
 従って、長島(永島敏行)が見抜いていたように、山田は転校前に野球をやっていたのだろうけれども、何故野球を辞めて転校してきたのか、映画にはその説明が全くない。原作では転校に当たって鷹丘中の理事長の働きがあったことを確実に窺わせるのであるが*1、映画ではあんなに貧乏なのに私立高校に転校出来た事情が全く説明されないのである。そして、もうメンバーの決まっている野球部よりも先に、メンバー不足に苦しむ柔道部に誘われたから(柔道の方も決してド素人とは思われないのだが)柔道部に入ってしまったかのようで、原作のように野球部を避けているようには(この映画だけを見たのでは)避ける理由が説明されないのだから、実は、なっていないのである。
 映画では、柔道部を辞めて野球部に移るタイミングを、賀間との対戦を「八百長」と指弾され、大河内生徒会長に退部を命じられた、そのブランクのことにしている。原作ではその後、アメリカ柔道と日本中学柔道の決戦を経て柔道部に復帰し、中学3年生の新年度、突然長島が転校(すなわち退部)と言い出したために廃部の危機に瀕した野球部に、前記の小林の訪問を直接の切っ掛けとして移るのである。前年度メンバー不足だった柔道部には、初日の「昼休みだけで新入部員の申し込みが30人もあったよ」と云うこと(文庫版⑤300頁1コマめ)で、「あそこは山田さんがいるからなァ」と山田に憧れて入部する生徒(文庫版⑤299頁1コマめ)のことを考えると少々無責任だが、一応、木下らともに戦った同学年の面々は「もう 山田くんをぼくたちが引きとめるわけにはいかないさ……ここまでよくやってくれたもんな」と納得して送り出している(文庫版⑤49頁2コマめ*2)。
 映画では、長島も野球部を辞めさせられたことになっている。すなわち、影丸・賀間らと山田たち柔道部が大会で対戦していた頃に、長島も野球の県予選を戦っていたのだが、サヨナラのピンチに相手の強打者・田淵(原作では多渕)を敬遠するよう監督からは指示されていたのに、自分の実力を発揮出来れば田淵は打ち取れるはずだと云うプライドの問題から逆らって、捕手が捕球出来ないので封印していた変化球を投げて勝負したところ、田淵を空振り三振させることは出来たものの捕手が後逸し、振り逃げとなって三塁走者が生還してサヨナラ負けを喫する、と云った展開で、これは原作も同じ(文庫版②100〜105頁)だが、原作の長島はその後の処分がはっきりしないのに対し、映画の長島は、監督の指示に従わず敗戦を招いた責任を取って、直後に退部している。――山田が柔道部を辞めさせられた理由に照らし合わせれば、監督の指示を無視して敗戦を招いた長島に同様の処分が下されてもおかしくはない。
 それはともかく、長島が退部するや、他の野球部員も全員辞めた上に、監督までいなくなってしまったらしいのである。ここがちょっと、いや、かなり謎である。2年生ながら主将(!)の長島が投打の柱として牽引していた部活だから、長島がいなくなって空中分解のような恰好になるのもありそうなことではあるが、そんなに簡単に部活を辞められるのか、と云う疑問を抱かざるを得ない。勝てる見込みがなくなったら辞めてしまうのであれば、山岳部の私など、初めからどうしようもない。――それはそうと、部員がやる気をなくして、退部者が続出して試合に参加出来る人数を割り込み、結局残った部員もいづらくなって全員辞めてしまった、と云ったことがあり得たとする。しかし中学の部活で*3監督までいなくなってしまうものだろうか。
 この野球部廃部の危機が原作では、新年度、4月に起こっている。「新入生に告ぐ/夢の野球部へ / 全員集合!! 」と云う新入部員勧誘の張り紙を掲示している(文庫版④298頁2コマめ・299頁1コマめ)にもかかわらず、無責任である。映画では夏の県予選終了後、2月から3月に掛けて撮ったこの映画ではその間の経過が分かりにくいのだが、9月のこととして(7月らしくもあるが)3年生が引退し、事情を知らない新入生を勧誘しての補充も出来ない時期の方が、いづれ不自然さに代わりはないが、それでもまだマシなように思う。
 原作では長島が転校(と同時に、当然野球部を退部することになる)を言い出すのは、肩の故障が原因と云うことになっているが、当初、誰もそのことに気付いていない。新学期早々、長島は「お別れにひとつだけ頼みたいことがあるんだ/きみとの思い出にしたいのだ」と言って、山田に野球部のユニフォームを着せて、捕手の役をやらせる。1球だけ投げて「いい思い出ができたよ」と涙ぐむ長島であったが、山田はその球威のなさに驚き、長島の肩の異変を察知するのである(文庫版④262〜270頁)。
 しかしこの、原作での長島の異変や、転校の手続きがまた、どうも変なのである。(以下続稿)

*1:11月15日追記】ここまで2箇所の「鷹岡」を「鷹丘」に訂正した。

*2:ちなみにこのコマには、10月7日付(18)に注意したメガネがいる。

*3:2020年1月20日付追記】ここは映画の話で、映画では明訓高校なのだから「中学の部活で」はなかった。よって訂正します(見せ消ちにした)。