瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

水島新司『ドカベン』(30)

殿馬のピアノ(1)
 原作では、野球部の再建に立ち上がった岩鬼に、部員の勧誘を命じられた山田がサチ子と校内を回り、山田が生徒会室に連れ込まれて大河内生徒会長に注意されている間に、サチ子が殿馬を勧誘するのだが、全くの素人と云った風情であった(文庫版⑤71〜73頁)。野球部入部後は理不尽な岩鬼の言動に方言で鋭く突っ込んだり暴力には臆せず反撃したり、グラウンドでは2箇のボールの上にズラ〜ズラ〜と器用に乗っている、独特の雰囲気の曲者と云う印象で、当初は特に音楽の才能は云々されていなかった。
 ところが、1試合だけ出場した東郷学園戦で、突如クラシック音楽のリズムを応用した(?)打法を披露するのである。3回裏に「秘打白鳥の湖!!」(文庫版⑥77〜88頁。名称は78頁4コマめの殿馬の台詞)にて同点ソロホームランを打ち、5回裏は同じことをやって失敗(文庫版⑥197〜204頁)、そして最終回の7回裏、1死から「秘打花のワルツ」で内野安打を放つ(文庫版⑥216〜225頁。名称は223頁1コマめの殿馬の台詞)。
 ここで音楽的才能が示唆された訳だが、試合後、朝から音楽室でピアノを弾いている(文庫版⑥275〜278頁)のが実際にそういう場面が描かれた最初で、曲名は不明*1。その後、殿馬が音楽室にいるシーンは、両手にタンバリン(文庫版⑦41〜42頁)と、卒業間際に"別れの曲"(文庫版⑦81頁)と尾崎紀世彦の"また逢う日まで"(文庫版⑦82頁)をピアノで演奏する場面のみで、まだ天才音楽家のような話にはなっていない。
 映画での殿馬の登場シーンは次のようになっている。
 朝日奈麗子たちソフトボール部員が教室でお喋りしているところに、岩鬼が赤い薔薇の花束を持ってやって来て「お〜いドブスの麗子、美人の夏子はんは一緒やないんか」と聞く。最近夏子はピアノを習い始めたから音楽室で練習しているのではないか、と言われて行って見ると、音楽室ではグランドピアノで「バレー組曲白鳥の湖〕作品20」のピアノ編曲版*2が奏でられている。花束を包む透明のフィルムに「夏子さま/祝たんじょう日/  岩鬼」と書かれたカードが挟んであるが、原作では達筆が取り柄で何かと云うと毛筆で張り紙や看板を書いていた岩鬼らしからぬ、サインペンの下手な字である。グランドピアノの大屋根(支柱で斜めになっている弦を覆う蓋)と譜面台に隠れて奏者が見えないのに、恋は盲目を地で行く岩鬼は夏子が弾いているものだとばかり思って、実際には殿馬が弾いているのだが、真っ赤になって愛を囁くのである。殿馬は自分の演奏に陶酔して眼を閉じ口を開け、仰け反ったり両足で弾いたりしている。
 殿馬の服装は、岩鬼と同じ銀色の校章の付いた学生帽を被り、髪は長髪ではなく短い。学ランのボタンは第3ボタンのみ留めて、ワイシャツの上に紺と黄色の太い横縞*3のチョッキを着ており、学ランの袖からは両手ともこのチョッキの紺色の袖が見えている。そして途中で演奏を止めて、岩鬼に「馬鹿ずら、てめぇ」と声を掛けると、岩鬼は驚いて、原作とは違って殿馬を知っていて「トンマ、おんどれぁ」と怒るのだが、この足でピアノを弾くと云う曲藝はかの有名な『柔道一直線』(もちろん私は全く見ていないので、この場面くらいしか知らない)の結城真吾(近藤正臣)が鍵盤の上に立って(!)「猫踏んじゃった」や「鳩ぽっぽ」を弾いていたのを借りたのだろうが、流石に椅子に座って弾いている。
 メンバーが揃って甲子園目指して練習を開始する場面で映画は終わってしまう(!)ので、試合などしないのだが、その練習の中で殿馬は「秘打白鳥の湖」を披露してしまうのである。……これじゃ「秘打」にならんやないか。こういう原作の要点を惜しげもなく使ってしまう辺りも、私が続編は考えていないのではないか、と思った根拠の1つなのである。(以下続稿)

*1:11月22日追記】この場面(及び勧誘の場面の若干)については11月22日付(55)に詳述した。

*2:曲名は「予告篇」に拠る。

*3:2019年7月19日追記】「太い紺と黄色と横縞」となっていたのを修正。