私は長らく音声再生機器を持っていなかったので、落語はまづ文字から入った。父の書棚に揃いではなかったが講談社文庫『古典落語』があって、中学卒業の頃、それで一通り古典落語の演目についての知識を得た。高校入学後、父のラジカセをもらったが、せいぜい父の持っている音楽カセットを繰り返し再生するくらいだった。僅かな小遣いは殆ど本代になったから、レコード店で何か買おうと云う発想自体がなかった。吹奏楽部員の兄は Audio にも凝って、たまにFМ放送のクラシックを録音していて、その間、電源を入れたりスイッチを切ったりすると、ボツっと云う音が録音に紛れ込むからと云って、中学時代の私は、母と30分、兄が良いと言うまでなるべく動かないように、息も潜めて(!)過ごしたりしたものだった。それでどうも録音は面倒臭いものだと云う印象が残ったらしく、私はラジカセを手に入れてもそのような趣味を持つことはなかった。私は兄とは子供部屋が別々になったときから疎遠になって互いの部屋を往き来することも絶えてなかったので、その後に兄がいろいろ買い揃えた Audio 機器には触ったこともない。私はそっちの方面には関心を拡げることなく、全くの機械音痴で過ごしていた。LPレコードを再生させたこともないのである。アイドル歌手や演歌歌手を好きになることもなかったから、レコードや音楽カセットを買うこともなく、友人に付いて貸しレコード屋に入ったことはあるが、ずらりと並んでいるLPレコードを眺めても手に取りもしなかった。
高校時代、何度か桂べかこ(現・桂南光)のABCラジオ「まいどおおきに!べかこランド」を聞いた。平日の昼間の番組なので、そういう折に聞いたのであろう。しかし落語はやらなかったと思う。TVも殆ど見なかったから、落語中継がないでもなかったようなのだが、高校3年間兵庫県で過ごして落語の番組を視聴した記憶がない。上方落語に接したのは前記、講談社文庫『古典落語』に少しではあるが上方落語が収録されたのを読んだのが始まりで、高校の芸術鑑賞で、市内では会場が手配出来なかったのか、かなり離れた、境界を接していない市の公会堂まで出掛けて桂べかこ等3名の実演を見たのがじかに接した初めである。まづ弟弟子に当る桂枝雀の弟子2人が短い受ける話を披露し、それからべかこが「七度狐」をたっぷり演じた。小学生の頃に昔話を研究(?)していた私は、この昔話風の話に大満足であったが、狐に化かされると云う話は昭和末年の高校生向けではなかったと見えて、余り受けていなかった。会場を出て同学年の男子がべかこのことを「彼奴が一番詰まらんかった」と文句を言っていた。確かに「深ぁいーかー、深いか」「浅ぁいーぞー、浅いぞ」では私らの世代は笑えないので、話の選択を誤ったと云うべきであろう。
上方落語を聞くようになったのは、2012年10月4日付「四代目桂文團治の録音(1)」に述べたように、東京に出て来て後のことである。
そこでも理由を述べたが、私が上方落語ばかり聞いた理由としては、そもそもこのような話に執着し始めた切っ掛けが昔話研究(?)で、昔話の知識が私の落語を受容する土台としてあるので、作り物めいた人情噺がかなりのウェイトを占める東京落語の、全体としてのわざとらしさ、と云うか、臭さに、どうにも馴染めなかった、と云うことがありそうである。素朴で単純でどこまでも落し噺たらんとする上方落語の方が、東京落語よりも私の肌に合っていた。そこで江戸時代の説話を卒業論文の主題にして、漢籍の笑話をどのように受容したのか、検証した。
その後は落語を研究の主題とはしなかったが、常に頭の片隅にあった。そして博士課程に進んだ頃、原話研究みたいなことに取り組んで、宇井無愁(1909.3.10〜1992.10.19)の上方落語に関連する著作を一通り借りたことがある。宇井氏の落語研究には2011年6月16日付「蓋にくっついた話(5)」に触れたことがあるが、その10年程前のことである。
『上方落語考』 青蛙房・512頁・四六判上製本
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角川選書11『日本人の笑い』 角川書店・238頁
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・昭和46年11月20日3版発行・¥500 *1
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『落語の原話』 角川書店・458頁・四六判上製本
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『生活の中の笑い 現代に生きる江戸小咄』 PHP研究所・276頁
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『落語の系譜―上方落語と東京落語―』 角川書店・461頁・四六判上製本
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角川文庫3631『笑辞典落語の根多』 角川書店・634頁
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『日本の笑話』 角川書店・457頁・四六判上製本
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『落語のふるさと』 朝日新聞社・178頁・四六判並製本
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宇井氏の上方落語研究、特に原話研究は、Priority の点で問題がある。宇井氏が探し当てたのではない話が多いのだが、一々明示していない。しかし、後述するように東京落語に比して演目の圧倒的に多い上方落語を対象にしている分、東京落語よりも網羅的に笑話の型を掬い上げていて、数が多く漏れが少ないため、考察の土台として使用するには何かと便利なのである。(以下続稿)