瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

Prosper Mérimée “La Vénus d’Ille”(13)

・I giochi del diavolo “la Venere d'Ille”(3)
 昨日の続き。
 晩餐の席には Peyrehorade 夫妻と息子が同席し、饒舌な Peyrehorade 氏はずっと喋り続けている。Peyrehorade 夫人も夫と似た体型で太っている。胸の開いた服で給仕する下女のマリア。夫人の指示で凄い巨乳を見せつけるように主人公にスープ(?)を勧めるマリアを睨むように見るアルフォンス。
 喋り続けながら Peyrehorade 氏自ら、主人公を2階の寝室に案内する。
 主人公が1人になったところで、静かに主題曲が流れる。寝室の窓を開けると外では鈴虫が鳴いている。少年の話し声が聞こえるのでそちらに目を向けると、少年が2人、話しながら銅像の前に来て、うち1人が銅像の左手に触ろうとして仲間のところに逃げ戻り、それから石を投げ付ける。と、そのまま跳ね返って当人に当たる。2人は逃げ帰る。
 一部始終を見た主人公は窓を閉め、暑いのか上半身裸になって寝る。――原作にはこのような設定はないので、美男俳優を使ってのサービスショットなのであろう。
 不穏なBGMとともに階段と廊下の軋む音。主人公が気付いて廊下を見回すが誰もいない。主人公がドアを閉めてから、隠れていたマリアがアルフォンスの寝室に忍び込む。待っていたアルフォンスとキスを交わす。アルフォンスはマリアを服の紐をほどく。――マリアに当たる人物は、後述するように原作ではこのような役回りを与えられていない。アルフォンス君が日頃、そのような欲求をどのように満足させていたかについては記述がない。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 マリアの強調については、例えば原作ではただの下男でしかなかった人物に三郎と云う名を与え、主家の令嬢(小林聡美)に密かな思いを寄せる人物(尾美としのり)に出世(?)させた大林宣彦監督『廃市』を思い出した。
 それはともかく、下女の強調と違って、全く別の人物に置き換えられているのが、主人公が窓から目撃した2人である。――原作(の翻訳)を4月10日付(09)と同様に、杉氏(岩波文庫)西本氏(未來社)平岡氏(岩波少年文庫)の順に引いて見よう。
 まづ杉氏、128頁3〜8行め、

‥‥。ちょうどその時、町の若者が二人、美しいルシ/ヨンの俗謡「うるわしの山」の節*1を口笛で吹きながら、かなり生垣に近く、ポームのコートの/上を通りかかった。二人は足をとめて、立像を見ていたが、そのうちの一人は、立像に向かっ/て勢い込んで何か大声で話しかけた。その男はカタローニュ語でものを言っていたが、私がル/シヨン地方に来てから相当日がたっているので、どうやらその男の言っていることは理解でき/た。


 次に西本氏、90頁12行め〜91頁1行め、

‥‥。ちょうどこの/とき、町の若い者が二人、あのルシヨン地方の粋な民謡『山よ大盃*2』を口笛で吹きつつコー/トを横切っていたのが、生け垣の傍を通りかかったものだ。二人は立ち止まって彫像をしげしげ/と見つめ、そのうちの一人なぞは声高に像に向って悪態をつきさえした。喋っている言葉はカタ/ロニア語だったが、もうルシヨン地方に来てかなり経っていたこととて、私にも男の言っている【90】ことはほぼ聞き取れた。


 最後に平岡氏。平岡氏の訳は冒頭部の比較でも分かるように、繁多な表現をそのまま訳さずに簡潔に意味が取れるように直してある。204頁4〜8行め、

‥‥。おりしも町の若者が二人、ポーム競技コートを通り/すぎるところだった。彼らはルシヨン民謡『大いなる山』の美しい調べを口笛で吹きなが/ら、生垣のすぐ脇を歩いていった。そして立像の前で足をとめると、ひとりが罵声をあげ/た。言葉はカタルーニャ語だったけれど、わたしはルシヨン地方の滞在が長かったので、/おおよそのところは理解できた。*3


 TVドラマでは子供が2人、肝試しに来たような按配であったが、原作では地元の若者である。彼らがカタルーニャ語を話している理由は4月12日付(11)の最後に述べた通りである。
 さて、この箇所で気になるのは民謡の名称が一定していないことで、原文は“Montagnes régalades”となっている。YouTube で検索して見るに、全く同じ綴りではヒットしなかったが、この民謡と思われるものの音源が多数挙がっていた。











 “Montagnes régalades”を自動翻訳に掛けて見るとカタルーニャ語で「季節の山々」と翻訳される。歌詞のサイトを見るに、どうも「四季の山々」と云った内容らしい。……もちろん語学力が限りなく無に近い私が好い加減に検索した結果から付けた見当に過ぎないので、きちんと専門家が――カタルーニャ語カタルーニャ文化の専門家が、この歌謡に限らず本作全体を点検する必要があるように思うのである。
 とにかく、題が一定していないことから分かるようにこの民謡は日本には紹介されていないらしいから、差当り、NHKの「みんなのうた」辺りで取り上げて、正確な訳詞とともに放送してもらえないものか。或いは「名曲アルバム」でカニグー山の美しい映像とともにしっかりした解説字幕付きでも、大いに結構である。(以下続稿)

*1:ルビ「ふし」。

*2:ルビ「モンターニュおおさかずき」。

*3:ルビ「/みんよう・ふ/いけがき・わき・ば せい/たいざい/」。