瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

小金井喜美子『鴎外の思ひ出』(2)

 文庫版の森まゆみ「解  説/――知的で品格高い明治女性の随筆――」には、単行本の装幀について1月2日付(2)に引いた以上の記述はない。由来については288頁3〜5行め、

 先に述べておくと、本書のエッセイはいずれも、『日本古書通信』に求められて書い/たもので、一編長くても十二、三枚の断想である。思い出すままにつづったのびのびと/素直な筆に好感が持てるが、時代順ではないのがやや分かりにくい。

とあるのだが、国立国会図書館サーチ及び国立国会図書館デジタルコレクションで検索するに「国立国会図書館限定」公開なので閲覧は出来ないが、以下の各篇がヒットする。仮に番号を附して置いた。
①「書物」「日本古書通信」第19巻第4号・通巻297号・昭和29年4月15日発行)
②「切りたんぽ」「日本古書通信」第19巻第5号・通巻298号・昭和29年5月15日発行)
③「海屋の幅」「日本古書通信」第19巻第6号・通巻299号・昭和29年6月15日発行)
④「与謝野晶子夫人の思出」「日本古書通信」第19巻第8号・通巻301号・昭和29年8月15日発行)
⑤「福羽美静氏の手紙」「日本古書通信」第19巻第10号・通巻303号・昭和29年10月15日発行)
⑥「観潮楼建碑式」「日本古書通信」第19巻第12号・通巻305号・昭和29年12月15日発行)
⑦「くずもち」「日本古書通信」第20巻第1号・通巻306号・昭和30年1月1日発行)
⑧「花園町の家」「日本古書通信」第20巻第2号・通巻307号・昭和30年2月15日発行)
⑨「十七八才の鴎外」「日本古書通信」第20巻第3号・通巻308号・昭和30年3月15日発行)
⑩「いさかひ」「日本古書通信」第20巻第4号・通巻309号・昭和30年4月15日発行)
⑪「兄の帰朝」「日本古書通信」第20巻第5号・通巻310号・昭和30年5月15日発行)
⑫「団子坂の家・曙町の家」「日本古書通信」第20巻第6号・通巻311号・昭和30年6月15日発行)
⑬「寄席」「日本古書通信」第20巻第7号・通巻312号・昭和30年7月15日発行)
⑭「通学」「日本古書通信」第20巻第8号・通巻313号・昭和30年8月15日発行)
 本書の奥付に、第一刷の4行め、第二刷の5行めに「 発行者  八  木  敏  夫」とある。「日本古書通信」の版元・日本古書通信社昭和9年(1934)に一誠堂書店から独立した八木敏夫(1999.11歿)が創業した。同年、六甲書房を設立して古書売買・特価書籍買い卸並びに出版を行い、昭和28年(1953)に八木書店と改称している。「日本古書通信」の編集には、昭和11年(1936)8月に入社した八木敏夫の弟・八木福次郎(1915〜2012.2.8)が長らく当たっていた。すなわち、弟の雑誌の連載を兄の出版社から刊行したことになるようだ。
 今、掲載誌「日本古書通信」を閲覧する余裕がないので検索結果だけに頼って述べるのであるが、検索した限りこの時期の「日本古書通信」に掲載されているのは14篇である。本書には32篇が収録されているのであるが、その収録順に仮に【番号】を附して、次に示して見よう。
⑦→【1】くずもち
⑨→【2】赤インキ
⑬→【4】寄席
①→【6】書物
③→【10】海屋の幅
⑭→【13】通学
⑪→【14】兄の帰朝
⑩→【15】いさかひ
⑧→【18】花園町の家
⑫→【19】團子坂の家・曙町の家
⑤→【24】福羽氏の手紙
⑥→【26】建碑式
 すなわち、②と④が本書には収録されていない。――文庫版「解説」には終わり近く(303頁10〜11行め)に、

 喜美子は長らえて昭和三十一年一月二十六日、八十七歳の高齢で没した。その直後、/『日本古書通信』に連載された「鴎外の思ひ出」が八木書店より刊行された。‥‥

とあって、年齢は数えだが、この森まゆみの書き振りだと「鴎外の思ひ出」の題で連載されていたように読める。しかしながら、本書に収録しなかった2篇も含め、実際の連載時の誌面を確認する必要がありそうだ。なお、先の引用での森氏の書き振りでは「思い出すままにつづった」ため「時代順ではない」かのように読めるが、連載時の順序とは入れ替えがあって前半は時代順、後半は手紙や親族など主題別に編集されている。細目については次回検討することにしたい。
 それはともかく、「日本古書通信」への連載が本書の核となり、出版への弾みにもなったにせよ、32篇中12篇に過ぎないのである。この辺り、もう少々慎重に調べて置くべきだったのではないか。まぁ国立国会図書館サーチ及び国立国会図書館デジタルコレクションの検索と云う楽な手段が現在はあって、それに頼って物申すのはちょっと口幅ったいのだけれども。
 さて、他の18篇であるが、書き下ろしもあれば雑誌に発表されたものもあるらしい。――文京区立鴎外記念館HP「館蔵品紹介」の「家族資料」に出る「小金井喜美子自筆原稿『兄の手紙』」には、

資料番号100158
「文芸」5巻4号 昭和23年4月掲載。
鴎外の妹・小金井喜美子が兄の思い出を綴った随筆。小倉に赴任中の鴎外が、喜美子に送った3通の励ましの手紙について語られている。昭和31年、喜美子逝去の3日後に刊行された『鴎外の思ひ出』に収録された。

とのキャプションがある。すなわち、【21】兄の手紙 である。
 本書の初出については「日本古書通信」掲載のものも含めて検討して見る必要がありそうだ。(以下続稿)