・岩井紫妻の「恋」と「死」(2)
昨日の続き。昨日敬体だった文体が常体になっているのは気分で、深い意味はありません。
それでは光文社時代小説文庫『女魔術師』177~192頁「岩井紫妻の死」と、中公文庫『怪獣』117~130頁「岩井紫妻の恋」を比較して見る。
『女魔術師』177頁(頁付なし)は扉で楷書体で題(ルビ明朝体「しづま」)。178頁から本文でまづ3行空けて、3行取りで5字下げでやや大きく「上」とある。1頁16行、1行40字。「下」は185頁9行めから、本文は192頁9行めまでで、最後に2017年4月30日付(04)に引いた、このような検討を始める切っ掛けとなった【編集部註】がある。
『怪獣』117頁、まづ3行取り1字下げで大きく題(ルビ「いわ い し づま」)、3行空けて3行取り6字下げでやや大きく「上」とある。1頁17行、1行40字。「下」は124頁4行めからで130頁12行めまで。
まづ、書き出しが異なっている。
『女魔術師』178頁2行め、
『怪獣』117頁3~4行め、
こゝに恋をひめて怪しい終りを遂げた若い俳優がある。文政十二丑年の四月、常陸の/土浦で斯ういふ顔ぶれの江戸歌舞伎が興行された。*2
とあって、概要を説明する一文を追加している。
続いて示される役者8名の番付は同じ。
さて、ここに『怪獣』の「斯ういふ*3」を『女魔術師』は「こういう」としている。ところが179頁2行めに「こういう」がまた出て来るのだが、『怪獣』の当該箇所を見るに118頁5行め「かういふ」となっている。117頁4行めは「斯」と漢字表記していたのでルビは現代仮名遣いで「こういふ」となり、118頁5行めは仮名表記だから「かういふ」となっているのである。この不統一な按配が私には気持ち悪くて仕方がない。それならいっそ現代仮名遣いで統一した方がマシではないか、と思ってしまうのである。(以下続行)