瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

読売新聞社横浜支局編『神奈川の伝説』(2)

 昨日の続き。
 私の見た上製本は、表紙見返しの遊紙の裏に、太い黒鉛筆による7行の識語がある。

この小冊は高橋三郎君から贈くられたものである、川崎については五編しかない
 発行早々書店棚で内容をペラペラと めくってみて、手を出さなかったしろ ものである、伊藤葺天氏が見たら笑 うだろう 川崎風物詩の方がまさつている


 かなり独特の崩しであるので読み誤りがあるかも知れない。4行め以降は1字下げで、5行めの最後「しろ」の2字には傍点「ヽ」が打たれ、7行めの「川崎風物詩」以下はやや左に寄っている。そして5~2行めの下に横書きで「43.2.9■.」とあって、「3」は「0」と書いた上に濃く重ね書きされている。最後に仮に■と示したのは花押のように見える*1が、他に蔵書印や図書館の受入印等もないので識語の主(旧蔵者)の手懸りはこれだけである。
 伊藤葺天については、ネット検索では富山の郷土文化誌「高志人」の主宰、翁久允(1888.2.8~1973.2.14)死去を受けて終刊となった「高志人」39巻(昭和48年3月)に「追憶」と云う文を寄せているのに気付いたのみである。多くの人が寄稿しているが、伊藤氏の前は俳人の富安風生(1885.4.16~1979.2.22)と作家・詩人の浅原六朗*2(1895.2.22~1977.10.22)、後には作家・歌人中河与一(1897.2.28~1994.12.12)が配されているので、伊藤氏も同じくらいの年輩なのではないか、と思うのだけれども。また「川崎風物詩」は書名らしく思われるのだけれども、ネット検索では全くヒットしない。川崎市立図書館の蔵書検索でもヒットしなかった。或いは、1冊に纏められずに埋もれてしまった新聞連載記事なのだろうか。
 次いでやや厚い白い紙の扉。並製本はやや薄く次の口絵の輪郭がはっきり透けているが、上製本は注意しないと分からない程度である。レイアウトは同じで文字は明朝体縦組み、中央上部に横長の太字で標題、その右上に「  読売新聞社横浜支局」左下に上製本には「発 行  〈株 式/会 社〉 有   隣   堂」とある。並製本は「発行」及び割書「株式/会社」の字間が詰まる。似せているが組み直されている。
 以下、前付12頁(頁付なし)と本文254頁まではアート紙。
 前付はまづ1頁め、カラー口絵、図版の下にゴシック体横組みで「浮世絵金 太 郎清長筆」とキャプションがあって、2頁めは中央に「〔解 説〕」とあって明朝体で12行(1行25字)の解説文、次いで下寄せで「(金沢文庫蔵)」とある。
 3~4頁めは大藤時彦「序」で肩書は「成 城 大 学 教 授/日本民俗学会理事」、5~6頁めは長田与四郎「はじめに」で肩書は「読売新聞社横浜支局長」。ともに日付は「一九六七年七月二十日」。
 この「序」と「はじめに」特に後者に本書の由来が説明されているが、次回検討することとする。
 前付の最後、7~12頁めは前回も触れたように「目   次」。(以下続稿)

*1:「th」の「t」の横線が「h」の縦線を貫いて右に長く伸びているように見える。イニシャルだとすると羽田猛(1934生)であろうか。

*2:国立国会図書館サーチ及び国立国会図書館デジタルコレクション(「国立国会図書館/図書館送信限定」公開のため閲覧出来ない)の「目次」には「浅原六郎」とあるが誤入力であろう。