瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(186)

田辺聖子『私の大阪八景』(5) 小学校名の確認
 なかなか本作の検討に移れないが、自分が通った小学校について、田辺氏本人も前回述べたような校名の変遷に付いて行けず、混乱を来しているのでその点をもう少々確認して置こう。
 すなわち『田辺写真館が見た ”昭和” 』の15章め、単行本149~157頁「浪花のお雛サン*1」では、152頁6行め~153頁5行め、

 弟の通った中之島幼稚園は中之島小学校の近くにあり、弟や妹は中之島小学校に通い、/私一人はもっと近くがいいという母の判断で、上福島尋常高等小学校へ通わされた。
 中之島小学校はそのかみ明治天皇行幸になられたというので、規模も校舎も小さいが/格の高い小学校という評判、校区外から越境入学する児童が多かった。【152】
 学校の先生も父兄も、「区外生が多いから質がよいのです」と「広言して憚らない時代*2/であった」と(「大阪春秋」昭和五十一年十二月号〈大阪の学校〉「中之島小学校のころ」/浜本正女氏)。弟も妹も中之島小へ入学し、校歌をよく歌った。
  〽かしこくも/明治のみかど/行幸ましける/あとどころ……*3
 私の通う上福島小には校歌はなく、その代りに毎朝、大阪市歌を歌わされた。‥‥

とあって、前回引いた11章め、115頁には「福島小学校」と書いていたのに、ここでは「上福島小」と不用意に略している。前回見たように当時「上福島尋常高等小学校」と云う小学校はなかったので、ここはやはり正しく「第二上福島尋常高等小学校」そして現在の「福島小学校」である旨、確認して置くべきであった。「上福島小」とだけでは、上福島小学校のことだと勘違いする人もいるだろう。しかし現在の上福島小学校の前身「第一上福島尋常高等小学校」も、普段こんな長い名で呼んだはずがないので、当時何と呼んでいたのか知りたいところである。
 地理的に云っても田辺写真館があったのが現在の大阪市福島区福島3丁目、福島小学校は福島4丁目、上福島小学校は福島7丁目で、省線西成線(現在のJR大阪環状線)を越えないといけない。中之島小学校は現在の大阪市北区中之島4丁目にあって、距離的には上福島小学校と変わらない。昭和19年(1944)に堂島国民学校に統合されて廃校になっている。
 19章め、189~198頁「昭和の子供の夏休み」に、前回引いた『楽天少女 通ります 私の履歴書』53頁に記述されていた写真(54頁上、下に明朝体太字で「小学6年生。弟()、妹()も級長に(昭和14年)」とのキャプションを添えて掲載)と同じ写真を190頁(頁付なし)に大きく掲載し*4、192頁2行め~193頁11行めに、その説明がある。

 写真というものは、風俗資料的にみれば、
〈どこの・だれが・いつ・どんなときに〉
 撮影したかが、資料的価値のポイントだと。
 それでいえば、私たち三人きょうだいの写真は、資料価値を有する。写真の裏に、例に/より母の筆跡で、撮影月日と、撮影の動機が記されている。
 「昭和十四年夏 聖子 六年生 級長
  同      聰*5  四年生 級長
  同      淑子*6 三年生 二学期に級長になる」【192】
 さも嬉しげに書いているのは例により、岡山の親類たちへ、この写真を近況報告として/配ったからであろう。親ばかちゃんりん、もいいところである。
 二学期に……という個所、意味不明だが、級長・副級長に欠員ができて繰り上がったのか、/ともかく三人姉弟そろっての級長に、教育ママたる母は、満悦したにちがいない。
 弟妹らの〈中之島小学校〉では級長のシルシはあっさりした徽章*7だが、私の通う〈上福/島尋常高等小学校〉では、物々しい総*8、級長・副級長で色が違っていた。〈中之島〉の徽/章に比してずいぶん野暮ったく、私は子供心にあんまり晴れがましいのが、不安でならな/かった。私は自分が、物々しい総に価しない人間であることを、よく知っている。それゆ/え級長のカワバタくんに諸事、任せ切っていた。
 戦前は小学校でも社会通念を反映して、男女の序列では必ず男が上位となっていた。級/長は男の子、副級長は女の子、まちがってもあべこべになることはない。‥‥


 やはり「上福島尋常高等小学校」となっている。ちなみに「級長のカワバタくん」云々から察せられるように、田辺氏は実は副級長なのである。妹の淑子は女子だけのクラスであればただの「級長」だが、姉のように「男女混合のクラス」であれば「母の筆跡」には「級長」とあっても実は副級長、女子最高位(?)と云うことで級長と見做し、このように書いたと云うことになろう。
 それはともかく『全集』別巻1の「年譜」昭和14年(1939)条にも、同じ写真が極小さく、左に「3人そろって級長になった記念に」のキャプションを添えて掲出されている。(以下続稿)

*1:ルビ「ひな」。

*2:ルビ「はばか」。

*3:ルビ「みゆき」この行の「/」は原文のまま。

*4:7月1日追記】191頁(頁付なし)左下余白に横組み10行のキャプション、1~4行め「(右)昭和 14 年夏、3人そろっ/て級長になったというので、ご/満悦の母が記念写真を撮らせた/もの。(上)‥‥」とある。

*5:ルビ「あきら」。

*6:ルビ「としこ」。

*7:ルビ「きしよう」。

*8:ルビ「ふさ」。