瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(250)

井上雅彦「宵の外套」(6)
 8月1日付(249)までで①初出『京都宵』②再録『四角い魔術師』③再々録『夜会』の本文比較を終えたところで、小説の内容について見て置くこととしよう。
 まづ6月28日付(246)に引いた、これら3冊に添えられた作者・井上雅彦(1960.1.13生)のコメントに見えている、原点となっている母から子供の頃に聞かされた「京都の吸血鬼」に関する記述を見て置こう。
 本文は①に拠り、異同を註に示した。改行位置は①「/」②「|」③「\」にて示した。

【A】「話」の時期(①461頁1~5行め②240頁上1~9行め③126頁上1~9行め)

 母の記憶によれば、その「話」を耳にしたのは、\昭|和十二年から十五年ぐらいの間のことだ/ったと\いう。|――尋常小学校の頃、深草の洋館に移り住\んでからの|ことであり、支那事変は始/まってしま\ったが、大東亜|戦争にはまだ突入してはいなかっ\た頃……とのこと|だ。*1
 後に、女学校に行く時分には、すでに授業はう\けら|れなくなり、婦女子といえども、軍事教/練や\勤労動員|が増えてくる。‥‥


 井上氏の母の生歿年は分からないが、この書き方だと昭和11年(1936)4月、尋常小学校入学、昭和17年(1942)3月卒業、4月に高等女学校入学、昭和22年(1947)3月卒業、であったろうか。そうすると、昭和4年度生と云うことになる。井上氏を産んだのは満30歳くらいで、悪くない推定である。2年生の頃に洛内から深草に移り住み、そして5年生くらいまでだと云うのである。そして70代後半で病歿している。

【B】「話」の内容(①462頁10行め~463頁7行め②241頁上11行め~下14行め③127頁下5行め~128頁上15行め)

「話」というのは一種の奇怪な噂話であり、当初、\大|人たちの間でひそひそと囁かれたようだ。/教師\たちま|で話していたから、断片は拡散していた。\しかし、そ|れはわざわざ小学生に伝えた/のは、お\そらく中学生|だったにちがいない。ことさら詳し\く教えてくれたの|は、老舗*2の人形店/主の息子で、\両親は深草に移ってき|たが、その息子は未だに烏\丸*3今出川の私学付属の中学|まで/通っていた。その\「話」は、彼の教室でも流行し|ており、同級生た\ちは、一様に得体のしれぬ/恐怖に怯*4|え、震えあが\っていたという。
 今になって考えれば、これこそ都市伝説*5と\いう|べき性質の猖獗*6だろう。しかし、現在、/この\【127下】「話」*7を語っ|【241上】て、恐怖の反応を期待することは極めて\難しいに違い|ない。信じるか否かの/【462】論議だの、語\り口だの、恐怖の|質感云々*8という以前に、この\「話」が、あるイメージ|に酷似し/ているからだ。\むしろ、別の感慨さえ思い起|こさせる。よりにも\よって、なぜ、この「話」が、/あ|の時代の京都で\語られたのか……。話の内容以上に、|今は、その\ことが気になるのである。
 それほど、長い「話」ではない。
 装飾を取り、要約すれば、ほぼ、次のようなも\のだっ|たのである。
 ――陽が落ちて、暗くなった路に、黒くて長い\外套*9|を着た、背の高い男が現れる。
 その男は、音もなく近寄ってきて、ひとの血を\吸う。|――


 「烏丸今出川の私学付属」は同志社中学(旧制)であろう。(以下続稿)

*1:ルビ③「ふかくさ」。

*2:ルビ③「しにせ」。

*3:ルビ③「からす/ま」。

*4:ルビ②③「おび」。

*5:ルビ「アーバン・フオークロア」。

*6:ルビ②③「しようけつ」。

*7:②③は「話」鉤括弧なし。

*8:ルビ③「うんぬん」。

*9:ルビ③「がいとう」。