瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

杉村顯『信州の口碑と傳説』(5)

・「北信地方」の構成と『山の傳説』に類似する2例
 8月23日付(2)の続きで、本書の構成を見て置こう。「北信地方」は「長 野 市」14題に続いて、42~79頁1行め「上水内郡」14題、79頁2行め~85頁1行め「下水内郡」2題、85頁2行め~88頁「上高井郡」2題、89~105頁3行め「下高井郡」6題、105頁4行め~118頁「更 級 郡」6題、119~136頁「埴 科 郡」7題、137~167頁4行め「小 縣 郡」9題、167頁5行め~178頁「南佐久郡」3題、179~184頁「北佐久郡」2題で、現在の長野県を北信・東信・中信(西信)・南信の4つに分けたときの北信ではなく、本書では県下を南北の2つに分けており、現在の北信・東信地方を指して「北信地方」、中信・南信地方を指して「南信地方」と呼んでいる。
 さて、私は本書の確認を、著者の杉村氏が青木純二『山の傳説 日本アルプスをその著述に活用していることを証明するためにしているのだが、千曲川流域の「北信地方」は日本アルプスとは関係ないので、影響関係は殆ど認められない。
 例外は2題、まづ8月11日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(098)」に注意した、
・更級郡【2】冠  着  山(110頁5行め~112頁6行め)
  ←南アルプス篇【25】手 力 男 命冠着山)296頁2行め~297頁10行め
である。これは何故か『山の傳説』に、日本アルプスに無関係の「北信地方」の話が混入してしまったもので、郡ごとに編成した杉村氏はこれをあるべき場所に移したことになる。
・小縣郡【1】唐絲の前と萬壽姫(137~148頁5行め)
  ←中央アルプス篇【8】手 塚 の 里(丈念岳)234頁5行め~240頁
 この話は渋川清右衛門(大坂)版『御伽草子』の1篇『唐糸草子』に基づくもので、唐糸の前は木曾義仲に従って粟津で討死にした手塚太郎光盛の女で、「手塚の里」とは当時の長野縣小縣郡西鹽田村大字手塚、現在の長野県上田市手塚である。ところが『山の傳説』ではこれを何故か、中央アルプスの「丈念岳」に関連付けているのだが、北アルプスに「常念岳」はあっても「丈念岳」と云う山はどこにもなく、どうやら下伊那郡(現在の飯田市上飯田)の「念丈岳」を誤ったらしい。
 このような錯誤が間々見られる点からも、青木氏の著述態度が窺われようと云うものだが、これを杉村氏はやはりあるべき位置に移したのである。
 但し『御伽草子』に出ているような有名な話であれば、『山の傳説』なぞではなく、他の文献に当たった可能性もあるのではないか、と思う人もいるかも知れない。しかし、やはり依拠関係を認めざるを得ないので、次に引く冒頭部の奇怪な記述が、共通するのである。
・『山の傳説』234頁6~10行め、

 松本平を南してつくるところに中央アルプスの霧訪山、經ヶ岳、西駒ヶ岳、丈念岳、惠那山の/連峰が南北に屏風をひろげたやうに横はつて居る。粟津の露と果てた 源 義仲や巴御前はこの山/水が生んだ英雄である。*1
 丈念岳の山ふところに抱かれたところに手塚の里といふ郷がある。*2
 木曾義仲が勇名をはせて居る頃――この里に手塚太郎光盛といふ義仲の家來が居た。*3


 霧訪山・経ヶ岳・恵那山に奇妙なルビが振ってあるが、これらのルビは著者本人が附したものではない可能性が高い。最近、某出版社の辞書に関するサイトに、振仮名で作者の読みが分かる、みたいなことを書いていた人がいたが、原稿に(作者本人の筆跡の)振仮名がなければ、版元の編集者か印刷所の植字工が附したのである。校正刷にあるルビは、作者本人の認めた読みと考えても良いかも知れないし、とにかく誰かが当時、そのように読んだ証拠にはなるが、作者本人の読みと速断出来ないはずである。――ここも、著者本人が附したものではなさそうだ。但し、本人がどの程度、信州の山々の読み方を把握していたかどうかも、実は怪しいと思っている。
・『信州の口碑と傳説』137頁2行め~138頁1行め、

 松本平の南に盡くるところ、其處には中央アルプスの霧訪山、西駒岳/經ヶ岳、丈念岳等の連峰が、恰も屏風を立て廻らしたやうに、南北に横/はつてゐる。壽永三年、粟津の露と消えた、かの木曾義仲や、巴御前は/かうした山水の中に成長したのである。*4
 海抜二千七百五十七米の丈念岳の山ふところに、靜かに抱かれた、そ/のかみの手塚の郷、今の小縣郡西鹽*5村字手塚は、義仲の部将として越前/成合の合戰に平家の将齋藤實盛を打ち取つて、勇名一世を蓋ふた、手塚/太郎光盛の舘があつた處で、今もその子孫と稱する者が澤山住んでゐる*6【137】といふことである。


 『山の傳説』の書き方では、中央アルプスに「手塚の里」と云う処があるのか、と、うっかり読み飛ばしてしまいそうだが、こちら*7は「手塚」の現在地名を出したことで矛盾を露呈させてしまっている。義仲や手塚太郎について歴史的事実を追加したり、美濃(岐阜県)の山と云う印象が強いのか「恵那山」を削除するなど、細かい調整を行っているが、念丈岳(2291 m)ではなく常念岳(2857 m)らしき海抜標高を追加したのは賢しらで、いよいよ千曲川流域の小県郡の風景ではない。6行めの「静かに抱かれた、」までは不要で、この奇怪な導入部こそが、杉村氏が『山の傳説』に依拠した証拠になると思われるのである*8。(以下続稿)

*1:ルビ「まつもとだひら・みなみ・ちうわう・む はうさん・つね・たけ・にしこま・たけ・ぢやうねんだけ・とくな ざん/れんぽう・なんぼく・びやうぶ・よこた・ゐ・あはづ・つゆ・は・みなもとのよしなか・ともゑごぜん・さん/すゐ・う・えいゆう」。

*2:ルビ「ぢやうねんだけ・やま・いだ・て づか・さと・さと」

*3:ルビ「き そ よしなか・ゆうめい・ゐ・ころ・さと・て づかた らうみつもり・よしなか・け らい・ゐ」。

*4:ルビ「まつもとだひら・みなみ・つ・そ こ・ちうあう・む ばうざん・にしこまがたけ/きやう・だけ・ぢやうねんだけとう・れんぽう・あだか・びやうぶう・た・めぐ・なんぼく・よこた/じゆえい・あはづ・つゆ・き・き そ よしなか・ともへご ぜん/さんすゐ・なか・せいちやう」。

*5:土偏に「鹵」に皿。

*6:ルビ「かいばつ・メートル・ぢやうねんだけ・やま・しづ・いだ/て づか・さと・ちいさがたごほりにししほむらあざて づか・よしなか・ぶ しやう・えちぜん/なりあひ・がつせん・へいけ・しやうさいとうさねもり・う・と・ゆうめいいつせい・おほ・て づかの/た らうみつもり・やかた・ところ・し そん・しよう・たくさんす」

*7:9月7日追記】「ここ」を「こちら」に改めた。

*8:しかし、こう決め付けてしまった後で何が出て来るか分からない。しかし、それはそのとき訂正すれば良いので、今はこう決め付けて考えて置く。