・「戸臺部落」と「人骨をかぢる狐の話」(1)
前回、8月4日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(156)」の冒頭に触れた丸山政也は、2019年9月22日付(125)に見たように、その著書『長野の怖い話』の「参考文献・出典・初出・引用」に、2019年9月23日付(126)に触れたように青木純二『山の伝説』を挙げているのだが、2019年9月23日付(126)に述べたように91~100頁「二十二 招かれざる客 (北安曇郡)」の典拠は、杉村顕道の「蓮華温泉の怪話」と明記されている。
しかし、他の話は一々このように断っていないので、2019年9月27日付「青木純二『山の傳説』(03)」に列挙したうちで、『山の傳説』と『信州百物語』の両方に載っているものは、どちらに依拠したのか俄に分からない。いや、今手許に『長野の怖い話』がないので、『山の傳説』と『信州百物語』がともに国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧出来るようになっていても、確定させられないのだけれども。
さて、『長野の怖い話』115~116頁「二十八 野天の火葬場 (伊那市)」の典拠と目される話も、『山の傳説』と『信州百物語』の両方に載っていて、2019年8月18日付(105)では、仮に『山の傳説』278頁2行め~279頁10行め、南アルプス篇【15】「戸臺部落(仙丈岳)」から『信州百物語』七一頁5行め~七三頁【28】「人骨をかじる狐の話」と云う筋を引いて見た。確かに同じ話なのだが、かなり印象が異なる。短い話だが「晩秋の山の宿(白馬岳)」と「蓮華温泉の怪話」以上に違っている。
『山の傳説』の性質、それから『信州の口碑と傳説』や『信州百物語』など、杉村顕道の信州の伝説関連の著述について、今後、更に踏み込んだ検討を重ねる必要があると思っているのだけれども、中々果たせずにいたところに、これは丁度良いサンプルになるであろう。
そこで、次に、それぞれ全文を抜いて少しずつ区切って引用しつつ、検討して見ようと思う*1。
①『山の傳説』278頁2行め、2行取り7字下げでやや大きく「戸 臺 部 落 (仙丈岳)」
②『信州百物語』七一頁5行め、2行取り7字下げでやや大きく「人骨をかぢる狐の話」
なお、傍点が打たれている文字は、仮に太字にして示した。くの字点は「/\」で、濁点のくの字点は「%\」で示した。
【A】狐の嫁入りについて~前置き
①『山の傳説』278頁3~6行め、
仙丈岳の登山路――戸臺の部落附近で聞いた怪異話――。*2
雪が降りやんだ靜かな雪の曠原に赤い火が點々とつく、赤い火はやがて動きだす、次第に山へ/のぼつてゆく、火の數が多くなると、火が消える、あとには白銀の曠野が水の底のやうな靜まり/の中に殘る。『きつねの嫁いりだ』と村の人はいふ。これは、どこの村にもある話だ。*3
②『信州百物語』七一頁6~10頁
仙丈岳の登山道に戸台といふ部落がある。こゝに次のやうな怪譚がある。*4
此の村には昔からよくバカビが燃える。村人はそれを「狐の嫁入り」と稱してゐ/るさうだ。この怪火は雪の降る時分が一番多く燃える。眞白な曠原に眞紅な火の行/列がクル/\燃え燦めきながら、段々山の方へ上つてゆく容子は實に壯觀とも奇觀/とも珍しいものだと云ふことである。*5
ここから本題の「怪異話」「怪譚」に入るのだが、その前置きに持ち出されている「狐の嫁入り」の説明が、どうも、同じ現象を述べているとは思われないのである。(以下続稿)
*1:『信州百物語』の著者、杉村顕道はまだ歿後21年にしかならないのだが、2019年9月6日付(109)に引いた、杉村氏の次女・杉村翠の談話「父・顕道を語る」に従って、著作権は放棄されているものとして処理した。
*2:ルビ「せんぢやうたけ・と ざんろ・と だい・ぶ らくふ きん・き・くわいいばなし」。
*3:ルビ「ゆ ・ふ・しづ・ゆき・くわうげん・あか・ひ・てん/\・あか・ひ・うご・し だい・やま/ひ・かず・おほ・ひ・き・はくぎん・くわうや・みづ・そこ・しづ/なか・のこ・よめ・むら・ひと・むら・はなし」。
*4:ルビ「と だい・くわいだん」。
*5:ルビ「も・よめい/くわいび・しんく/きら・ようす/めづら」。