瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(098)

 それでは、早速、杉村顕『信州百物語』の「蓮華温泉の怪話」が下敷きにした、と、断定して良いと思うのだけれども、その話と出典について確認して置こう。
・青木純二『山の傳説 日本アルプス(昭和五年七月 七 日印刷・昭和五年七月十七日發行・定價一圓八十錢・丁未出版社・12+3+9+309頁)
 3~214頁「1 北アルプス*1」78話の、29~37話めが白馬岳エリアを舞台とする話で、その最後の37話め、100~111頁3行め「晩秋の山の宿(白馬岳)」がそれである。なお、「目  次」(9頁)を眺めるに題に温泉名を冠した話が2つ、31話め、84~87頁5行め「蓮華温泉傳説(白馬岳)」は送り狼の話で温泉とは無関係だが、33話め、89頁3行め~91頁7行め「蓮華温泉縁起(白馬岳)」は温泉発見の経緯を語る。また、30話め、79頁11行め~83頁「山  之  坊(白馬岳)」の冒頭、80頁1~2行め、

 白馬岳に越後口から登る人は蓮華温泉に一泊する。その近くに山毛欅の森が茂る山之坊といふ/部落があり、登山者はこゝで食料や必要品を準備する。*2

も参考までに引いて置こう。
 本書には他に215~239頁「2 中央アルプス」8話、240~309頁「3 南アルプス」31話、合計117話を収録する。但し「南アルプス篇」の24話め「金 賣 吉 次(神坂峠)」は「中央アルプス篇」に含めるべきで、25話め「手 力 男 命冠着山)」*3と、26話め「背 く ら べ八ヶ岳)」以下最後の6話は八ヶ岳日本アルプスではない。富山県立山剱岳黒部峡谷新潟県蓮華温泉など周辺の県の話も少なからず収録するが、やはり長野県の話が多い。その内容、そして「晩秋の山の宿」と「蓮華温泉の怪話」の関係からも窺われるように、杉村顕の『信州の口碑と傳説』『信州百物語』に採られている話も少なくないことが察せられる。本当はそこまで済ませてから記事にすべきなのである(論文にするならそこまでしないといけない)が、遠からず果たすこととしたい。
 さて、本書は『柳田國男の本棚』と云うシリーズの第五巻(第一期配本)として復刻されている。
・『柳田國男の本棚』第五巻『山の伝説』一九九七年四月二七日 発行・定価一〇、〇〇〇円・大空社・A5判上製本

 巻頭(3頁。頁付なし)の大空社編集部「刊行のことば」に拠ると、柳田國男の学問に影響を受けた人々によって著された、2頁3行め「今日ではほとんど手に入らない希少な文献を精選して刊行」したもので、2頁11行め~3頁2行め、

・・・・、とりわけ柳田の愛顧を/受け、柳田自身の手によって序文・跋文・書評文等が書かれた文献のみを集成した愛好者にとって/は垂涎の学術ライブラリーである。柳田が記した各々の讃辞には、驚異と喜悦と激励とがないまぜ/となっている。・・・・

とあるように本書にも柳田國男の「山と傳説」と題する序文(12頁)がある。しかし、柳田氏は青木氏のことを知らないらしく、また本の内容についても褒めていない。10頁5~6行め「・・・・この著者の採集法に對して、或/は稍嚴峻に過ぎたる批判を下す必要もあるかと思ふ。・・・・*4」これだけでも良いが、最後の一文(11頁10行め~12頁2行め)とその少し前からも抜いて置くべきであろう。11頁8行め~12頁3行め、

・・・・。今日我々*5/の知りたいと思ふのは、傳説そのものゝ珍らしさでは無い。傳説はほんの僅かばかり諸國の例を/見て行けば、直ぐに人はその型の一致し一定して、特に例外の少ないことを見出すのである。そ/れを我々の如く貪つて尚集めて見ようとするのは、多くの比較によつて始めて「之に對した古人/の心」がわかるからである。故にさういふ資料として精確なるものを供給することが、もし採集*6【11】の目的であつたならば、それこそ多々益々辯ずである。青木君の「山の傳説」が大いに人に讀ま/れ、此上にも更に數篇を重ね行かんことは、自分はたゞ此條件の下に歡迎するのである。(昭和五/年六月二十八日箱根小涌谷に於て)*7


 柳田氏が小説じみた「晩秋の山の宿」を並べて置くような「伝説」集を歓迎するはずもない。しかしそこは柳田氏、ここでも私のように無遠慮に切り込んだりせず、氏一流の持って回った言い回しでの批判になっている。
 では、何故こんな本の序文を書いたのか、だが、その理由については青木氏の経歴を紹介する際に述べることにしよう*8
 なお、この復刻では「山と傳説」2頁の10~11行めに一部欠損、10行めは読めるが、11行めは何文字か読み得ない。12行めは跡形もない。しかし幸いなことに「国立国会図書館デジタルコレクション」に収録されているので完全なもの(青木純二 著『山の伝説. 日本アルプス篇』6コマめ)を読むことが出来る。国立国会図書館蔵本には奥付の裏に広告(176コマめ)があるが、復刻版にはこれも収録されていない。
・信州の名著復刊シリーズ 第1期信州の伝説と子どもたち 第1巻『山の伝説』二〇〇八年十月一六日 第一刷発行・定価1,800円・一草舎出版

 11年前に復刊されているが、未見*9。(以下続稿)

*1:「目  次」には番号なし。

*2:ルビ「しろうまたけ・ゑちご ぐち・のぼ・ひと・れんげ をんせん・ぱく・ちか・や ま ぶな・もり・しげ・やまの ばう/ぶ らく・と ざんしや・しよくれう・ひつえうひん・じゆんび」。

*3:8月26日追記】「中央アルプス篇」の8話め「手 塚 の 里(丈念岳)」も、8月26日付「杉村顯『信州の口碑と傳説』(5)」に見たように中央アルプスの話でも日本アルプスの話でもない。

*4:ルビ「ちよしや・さいしふはふ・たい・あるひ/やゝげんしゆん・す・ひ はん・くだ・ひつえう・おも」。

*5:ルビ「こんにちわれ/\」。

*6:ルビ「し・おも・でんせつ・めづ・な・でんせつ・わづ・しよこく・れい/み・ゆ・す・ひと・かた・ち・てい・とく・れいぐわい・すく・み いだ/われ/\・ごに・むさぼ・なほあつ・み・おほ・ひ かく・はじ・これ・たい・こじん/こゝろ・ゆゑ・し れう・せいかく・きようきふ・さいしふ」。

*7:ルビ「もくてき・た ゝ ます/\べん・あをき くん・やま・でんせつ・おほ・ひと・よ/このうへ・さら・すうへん・かさ・ゆ・じ ぶん・このでうけん・もと・くわんげい」。

*8:2021年9月13日追記10月31日付「青木純二『山の傳説』(04)」に述べた。

*9:2021年9月13日追記】「信州の名著復刊シリーズ」については、2021年9月10日付「白馬岳の雪女(43)」に貼付したリンク参照。