瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(110)

・『信州百物語』の成立(2)
 昨日の続きで、杉村氏の次女・杉村翠の談話から、叢書東北の声11『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』の「編集過程」での「エピソード」を見て置こう。441頁下段17行め~442頁上段10行め、

‥‥。私/たち家族も、この本が今どのように扱われているか/なんて知りもしませんでした。
 それが、今回の復刊の過程で、文芸評論家の東雅【441】夫さんに出会って、いろいろとお聞きしてびっくり/しました。『信州百物語 信濃怪奇伝説集』に収録/されている「蓮華温泉の怪話」が、岡本綺堂さんの/「木曽の旅人」と関係があることが綺堂研究者には/知られていたんだそうです。東さんは編者を務めら/れた『岡本綺堂 妖術伝奇集』(学研M文庫)にも/「蓮華温泉の怪話」を著者不明で収録されていた。/そのご縁で今回お目にかかってお話をうかがったの/ですが、なにしろ古い本なのに、今になってそんな/ことを知るなんて、なんだか不思議でした。


 東氏が杉村翠を訪ねたのは平成21年(2009)10月12日(月)で、その模様は東氏のブログ「東雅夫の幻妖ブックブログ」の2009年10月12日「『信州百物語』の著者は、杉村顕道だった!」に記述されている。関係しそうな箇所を抜いて置こう。

 荒蝦夷の土方氏と狛江駅前で打ち合わせの後、杉村顕道の著作権継承者のお宅へ。現在、著作権を管理されているのは、顕道の次女・翠さんである。
 打ち合わせの席で、土方氏からドサリ、と2冊分のゲラを渡される。
 1冊は杉村顕道の怪談作品集成(!)、もう1冊は……まだちょっとナイショだ(笑)。
 実は小生が解説を担当するのはもう1冊のほうで、顕道怪談集の解説は、そのアンソロジー・ワークを通じて顕道怪談啓蒙の立役者となった紀田順一郎先生が書き下ろされる。
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▲今回復刻される杉村顕道怪談集3点セット!
詳しい刊行情報を、刮目して待たれよ!
 では何故に本日、小生が同行することになったのかというと、土方氏から顕道に関する新情報の数々を拝聴させていただいた折に(折しも『日本幻想作家事典』の校了3日前!)、驚くべき事実が判明したからだ。
 綺堂マニアなら御記憶かも知れない。学研M文庫版『伝奇ノ匣2 岡本綺堂 妖術伝奇集』の巻末に「蓮華温泉の怪話」という短い怪談が併録されている。
 これは綺堂の名作「木曾の旅人」の原話とおぼしき物語で、信濃郷土誌刊行会編『信州百物語 信濃怪奇伝説集』という小冊子に収録されていたものである。
 この小冊子、どこにも著者名の記載がなく、版元である信濃郷土誌刊行会自体も所在不明のため、やむなく著作権者不明のまま再録した。
 ところがである。なんとこの『信州百物語』、若き日の杉村顕道の著作だったことが、今回の企画が進められる過程で判明したのだった。
 同書は長野で教職に就いていた当時の顕道が、本名である杉村顕の名義で地元の新聞に連載した記事をまとめたもので、刊行予告には著者名も明記されていながら、なぜか著者名を掲げずに刊行されることになったのだという。詳しい理由は不明である。
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▲杉村顕『信州の口碑と伝説』巻末の近刊予告。
はっきり「杉村顕著」と記されているのだが……。
 ……というわけで、はなはだ遅ればせながら(すでに『妖術伝奇集』は品切なのよ、とほほ)、同書を持参して事情説明をさせていただくため同行することになった次第。


 キャプションの上にあったはずの jpg 画像は「東雅夫の幻妖ブックブログ」でも表示されません。――ブログを引越した際に画像が表示されなくなったらしい。それはともかく、『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』の版元、荒蝦夷(代表土方正志)の編集部が杉村氏の著作を点検する過程で、前回引用した『信州の口碑の傳説』巻末の「近刊予告」に気付いて判明、収録する運びとなったようだ。
 学研M文庫版『伝奇ノ匣2 岡本綺堂 妖術伝奇集』については2011年1月2日付(001)に、既に関連箇所を抜いてある。今回、註の形で若干の補足をした。
 ちなみに「ナイショ」の「もう1冊」の件は、当初省略するつもりだったのだが、今後の展開に少し絡むのでそのまま抜いて置いた。
 「著者名を掲げずに刊行されることになった」理由については、引用箇所だけを読むとこの面会時には話が出なかったかのようだが、東氏のブログ記事の続きに「土方氏によるインタビュー(今回の本の巻末に収録予定とか)に、興味津々で横から耳をかたむけることができた。」とあって、これが「父・顕道を語る」なのだろうから、直後に話題にされていたことになる。いや、上に引用した杉村翠の語り口からして、東氏と面会した当日のインタビューをそのまま文字に起こしたのではなさそうだ。次回引用して検討する予定の、北原尚彦に関する話題と同じく、この面会後に電話等で追加取材して加筆、或いは校正刷の段階で加筆し整えたのだろうか。
 しかし、ここで最も気になるのは、本書について「長野で教職に就いていた当時の顕道が、本名である杉村顕の名義で地元の新聞に連載した記事をまとめたもの」としていることである。【初版】当時の信濃郷土誌刊行會は「信濃毎日新聞社内」にあったから、連載があったとすれば「信濃毎日新聞」であろうか。しかしこの初出情報は、何故か『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』に記載がない。(以下続稿)