瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(111)

・『信州百物語』の成立(3)
 一昨日からの続きで、杉村氏の次女・杉村翠の談話から、叢書東北の声11『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』の「編集過程」での「エピソード」の2つめを見て置こう。442頁上段11~20行め、

 更に今回の復刊でわかったことがあります。私の/手許にあった『信州百物語 信濃怪奇伝説集』は第/四版だったのですが、文芸評論家の北原尚彦さんが/初版を持っていらしたんです。そうしたら、なんと、/タイトルもデザインも違うんです。初版のタイトルは/『怪奇伝説 信州百物語』。そして、第四版にはない/父の序文もあって、樺太行きの事情などが書いてあ/る。どうやら樺太から送った文章のようです。それ/と、サイズも違っていて、初版のほうが天地がちょっ/とあります。これにもおどろきました。


 8月17日付(104)にも触れたように、443頁下段に【初版】と【四版】を並べた写真を掲出し、下にゴシック体横組みのキャプションを添える。

『信州百物語』初版(右)第4版。タイトル、装丁に異同がある。また、初/版には杉村顕による序文があるが、第4版は信濃郷土誌刊行会の萩原正巳/代表による序文に差し替えられている。詳しくは本文参照


 本文の頁数も異なっているのだが、本文には異同がないのであろう。なお、初版の序文「はしがき」は283頁に掲出されているが、当初収録されるはずであったろう第四版の序文は収録されていない。再版の刊行会代表者荻原正巳「はしがき」は神保町のオタのブログ「神保町系オタオタ日記」の2015-12-06「信濃郷土誌刊行会編『信州百物語 信濃怪奇伝説集 全』(信濃郷土誌刊行会、昭和17年7月再版)」に引用されているが、これは『信州の口碑と傳説』巻末の「近刊豫告」の「内容紹介」を流用し、末尾を書き替えたものである。
 初版の「はしがき」を、国立国会図書館デジタルコレクションから引用して置こう。傍点「ヽ」は再現出来ないので仮に太字にして示した。

 今年陽春、信濃郷土誌刊行會から拙著信州の口碑と傳説を出版した時、同/會代表者荻原正巳氏|から、續いて何か郷土的な讀物をものせよとの依頼を受/け、爾來自分の好める怪奇的傳説、妖怪譚等|に筆を染め始めた。ところが、/一身の都合で私は夏の初、長野市を去つて、遠く北の果、樺太豐|原の町に移/り住まねばならぬ身となつた。そして新しい土地での生活は、なか/\私に/落ち着いて筆|を執らせようとはしなかつた。その爲に荻原氏には大部御迷惑/をかけてしまつた。然し今漸く脱稿|して半歳の責務から逃れたことは私の喜/びである。この樺太で書いた信州百物語も、まもなく荻|原氏の力で世に出る/であらうが、それに依つて幸に讀者諸賢の退屈を幾分なりとも拂ひ除けるこ/とが|出來れば、私は大に滿足なのである。*1
  昭和八年十月下浣
               白樺の町豐原にて
                      顯 し る す


 「顯しるす」としかないが、文面から本書の著者が『信濃の口碑と傳説』の著者と同一人物であることが分明である。――確かにこの「はしがき」を見るに、9月6日付(109)に引いた「父・顕道を語る」に語られている成立・刊行事情とは異なるようであるし、私の典拠研究から察せられる成立状況とも異なるようである。これについては北原氏の本書に関する記述を確認した上で述べることとして、今回は、やはり国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧出来る【新版】の「はしがき」を最後に見て置こう。扉の裏(頁付なし)2~7行め、

 信濃に於ける口碑と傳説の内幾多の怪奇的伝説、鬼気身に迫る妖怪譚、/更に甞て世人を震駭せしめし犯罪実話の数々を織り込んで収むる所五十數/篇、いづれも興趣盡くるなき好個の讀みものとして一讀肌に粟を生ぜしむ/るに違ない。
 本書こそは正に信濃に於ける傳説秘話の壓卷であると思ふ。
 切に大方の御高覽を冀ふ。

とあって、『信州の口碑と傳説』巻末の「近刊豫告」から『信州百物語 信濃怪奇傳説集』再版の「はしがき」へ流用されたものを引き継いでいるが、再版の事情を述べた「‥‥圧巻である。本書は昭和九年上梓以来直に売切れとなり今日に至つたものであるが、各方面の知友の御勧めに依つて再版する事になつた。」との一文を「近刊豫告」の一文に戻している。恐らく幾つか前の版からこのような文面になっていただろうと思われる(のだが、確認するのは大変だ)。――最後に下寄りにやや大きく「信 濃 郷 土 誌 出 版 社代 表 者  荻 原 正 巳」とあって、確かに杉村氏の名前はどこにもないのである。(以下続稿)

*1:ルビ「やうしゆん/をぎはらまさみ し・い らい/じ らい・えうくわいだん/つ がう・かばふと/せいくわつ/ふで・ご めいわく/だつかう・のが/かばふと・おぎはらし/たいくつ/まんぞく」。『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』283頁2~9行めの改行位置は「|」で示した。新字に改めている以外の異同は送り仮名「初め」「果て」「大いに」と漢字を開いた「ため」、書名2箇所に二重鉤括弧(傍点なし)。ルビは後半「と・しか・ようや||よ|」