瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

中学時代のノート(12)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(9)前篇⑧ 怪談(その五・下)寄宿舎の足音

 一昨日の翻字の、校訂案。

 今から六十年ぐらい前(または昭和の初め頃)、どこかの、名前はいわんけど田舎の学校に寄宿舎があってんな。
 寄宿舎ゆゥんは(と言うのは)、田舎のことやから、一々帰るのが面倒(家が遠いためにな)やから、月曜から金曜までそこに泊って、それで土曜に家に帰って、日曜は家にいて、月曜にまた学校に来る(又は日曜に来るとも)って、そんなところがあってんな。それでその学校では、一つの部屋に、三人、一年生、二年生、三年生と入っとんのやってな。
 それで春が来て、三年生は出てって、四月になって、新しい一年生が入って来てんな。その子は勉強はまァまァ出来るんやけど、顔は青白くて(頰が窪んでて)、体育が苦手やってんな。それで、その子の担任は体育の先生でな、それでその子は最初のうちは、体育の授業になると、頭が痛いとかなんとか言って、仮病を使っとってんな、それで先生も初めは青白い顔しとォし(しているし)、ほんまなんやろなァって、そんなら保健室行けって言うとったんやけど、毎回そんなんで、六月ぐらいから、その子が保健室で寝てても無理に連れ出して体育やらせよってんな。
 それでその頃「日本男児は十キロぐらい走らないかん」ていわれてて、一月にマラソン大会みたいなんがあってな、それで、その前に走らせられてたん。それでその子はいつもビリやってんな。(ここら辺にもう少しあったと思うが思い出せない。)
 それで一月になってその大会の日が来てんな。それで全員一度に出たんやけど、ビリから二番が角を曲がったときに、その子はまだすぐそこにおったん。(それで体育の先生はあいつほんまにあかんなァって思ってんな)それで、お昼(又は夕方)までに、他の全員は帰って来たんやけど、その子だけ帰って来うへんのやってな。それでその先生は他の生徒をみんな帰して、自分は自転車に乗って、コースを後から追い掛けて行ってんな。
 その時その子は、八キロぐらいのところにおって、その子はそんなに走ったことがないから、もう足はよろけててんな。それで殆ど歩いてるようにして走りよってんな。それでとうとうよろけて、それでこけて(転んで)もたんやってな。それが膝(の関節)で、血が流れるのを、我慢しながら歩きよってん。そこに先生が来て、「それがんばれがんばれ」「なにグズグズしとォんのや」とか言いながら、横に付いて(又は後に付いて)自転車に乗っとってんな。それで、足に怪我して、血が流れてんのを見て、その先生は「あァ、怪我しとうな」ってそれぐらいに思とったん。それで学校に着いて、チョッチョッと怪我の手当てしてやってんな。
 その子は寄宿舎に帰って、すぐ寝たんやけど、十時くらいになって、その子がウーンウーンてうなるんで、二年生と三年生が色々それまでにしてたんやけど、うなるようになったんで(二人は勉強してたんやけどな)、
「お前どおしたんやァ」て、布団をばッて取ってみたら、右足の太もも(左足だったかも)が、黒みのかった紫色にぶわァって腫れとってんな。こらえらいこっちゃって、学校に行ったら、その体育の先生が丁度帰るところだったんで、こうこうの訳で大変なんですって言うたんやけど、その先生は、あいつのことやから、そのくらい平気やって、そのまま帰ってしもてんな。それが失敗やったん。
 その次の日は日曜で休みやってんな。
 それで月曜の朝、その子は来んかったんやけど、あいつ土曜に頑張ったからって、その体育の先生は(いつもは呼びに行っていたのに)呼びに行かんかってんな。(この日に右足太ももが腫れたのだと思う。その方が理に合っている。)
 その次の火曜になってもその子が来んから、あいつなにやっとォんやって、その体育の先生、寄宿舎に呼びに行ってんな。すると、その子、すごい汗かいて、寝とってんな。それでその先生がなんか言って、ばッて布団をめくってみてんな。それで驚いた。右足の太ももが黒みのかった紫色にぶわーッて腫れとォんでな、それでえらいこっちゃ、こんなことばれたら、クビにされるって、病院で診てもらったら、「もう少し早く来れば助かったかもしれないが、もう手遅れで足切るしかない」って言うんやってな。それでその子にそう言って、こうこうの訳やから、足切るしかないって言うたんやけど、その子は足切られるなら死んだほうがましやって言うとってんな。でもそれがばれたら先生クビやから、水曜の真夜中に手術してもらうことにしてんな。
 それで水曜に、先生が病院に連れて行こうとしたら、その子は足切るんなら死んだほうがましやって言うとったんやけどな、麻酔嗅がされて、病院に連れて行かれてしまってんな。
 その夜はそのうちに雨がシトシト降ってきたんで、先生は、真夜中の上に雨が降ってるんやったら、もうばれへんって安心してたんやってな。それで真夜中、手術が始まった。鋸でギィコォギィコォと挽いて、固いところは鑿でカン、カンと打って、右足を根元から切ってもた(しまった)んやってな。
 それでその晩のうちに、その子を寄宿舎にそっと戻しといて、足は病院で始末しといてくれって言うたんやってな。
 翌朝その子は右足のないことに気が付いて首吊って、自殺してもたんやってな。
 それでその先生は、その子の両親に、
「こちらも色々やったんですが、駄目でした」って嘘ついて、でもその子の両親に、「あの子もそんなにやってもらったんなら浮かばれましょう」って言うて、先生にお金までやってんな、悪い先生やなァ。(ここら辺にもう少し色々とあったと思うが思い出せない。)
 そんでその子が死んで最初のうちは、アァあいつ自殺したんやってなーってみんな言うてたんやけど、(もとから目立たん子やったから)そのうちに忘れられてしまった。
 そんで春になって、三年生は出てって、新しい一年生が入ってきてんな。
 それで一月になって持久走大会が終わって雨の降る日――。
 その部屋の二年生が、夜中小便したくなって便所に行ってんな。そしたら、
  カッタン……カッタン……カッタン……
って、普通に歩いてるようやない足音がして、(二年生は部屋の戸口のところに立っていたのだが、)自分の部屋の前で止まったんで、アァ、一年か三年が小便行きよォタンやなァて寝惚けとったから、そのまま便所に行って、やった。戻って来たら、廊下が、間隔を置いて、濡れとォねんな。それが、(突き当たりの)自分の部屋の前まで続いとォねんな。おかしいと思ったけど、そのまま眠ったんやってな。
 その翌日、一年生と三年生に、お前、昨晩便所行ったかーって聞いたんやけど、行かへん言ーねん。こらおかしいなーって、それやったら、カタン……カタン……。って音聞いたかって言うと、聞いた聞いたッて言うねん。それで外の寄宿生に聞いてみたんやけど、その子らは知らん言ーねん。(その音が、真夜中の十二時頃、いつもきこえるので)寄宿生が、集まって、誰が、そんなことをするのか見てやろうって言んで、
「アホの留吉(■■)やないか」
「いや、みの吉(■■)やろー」
「いや、■■■■(■■)やろー(ここでは生徒の名を使った)
とかなんとか言ってな、真夜中になるのを待った。
「俺は剣道部やから、竹刀でぶっ叩いたるゥ」
「俺は柔道部やから、そいつ投げ飛ばしたるわ」
 十時ぐらいになったから、電気消してんな。
 それで真夜中の十二時になると、(廊下の向こうの方で)
  カッタン……カッタン……カッタン……
とゆー音がするねんな。そら来たと、寄宿生は、そろそろと戸口の方に這って行って、
  カッタン……カッタン……
と近付いて来る音が、部屋の前まで来たとき、(戸を開けて)、
  ワァーー
て、(そいつを驚かそうとして)言ったんやけど誰もおらへんねんな。おかしィなーって、見てみたら、廊下を、音のした方から、間隔を置いて、水が溜まっとォねんな。それで部屋の前で止まっとおねん。
 それで寄宿生、どこから来たんや、て、その水溜まりを追ってみると、昔は大便がたくさんあって、(こっちが小便でな)十もあった。それでその向こうから四番目のところから、水溜まりが、間隔を置いてあるねんな。それで開けようとしたんやけど、針金がぐるぐるに巻き付けてあって開かへんのやってな。それで、明日*1の昼休み、みんなで、ペンチ持って開けに行こーゆーことになってんな。そしてみんなそれぞれの部屋に帰ろうってことになって、一人、二人と外に出ると、中で誰かが、
 ワァァー
と言うので、みんな
 どォしたんや
て聞いたら、その子は
「あー痛たァ、滑って転んで尻餅ついたわァ」と、尻*2をおさえた*3
 その翌日の昼休みにな、みんな揃って、ペンチ借りて来て、開けに行こけーって、便所に行って、針金を切って、開けてみた。すると、昔のことやから、用を足したら、新開紙で拭きよってんな。その大便所は長いこと使ってないみたいで、(隅に積んである)新聞紙は黄色くなっとってんな。ところがそん中に、一つだけ緑色した新聞紙があって、なんか包んであるねんな。なんやろって思って、ほぐしてみたら、中から(カラカラに)干からびて、(ミイラのようになった)足が、出て来たんで、驚いて、その子の担任やった体育の先生に見せてんな、そしたらその先生、えらいものが出て来た/ー。て、生徒から足をもらって、家に帰って、林に捨ててもたんやけどな。
 それからも、一月の大会が終わって、雨の降る日の真夜中には、
  カッ タン……カッ タン……
てゆー音がその子のおった部屋の前までして、水が、間隔を置いて溜まっとォねんな。それでもうその学校では寄宿舎を壊して、新しい校舎を建てたんでそうゆうこともなくなったってゆうんやけどな。
 その(先生にこの話をしてくれた)先生の説によると、その右足が、昔自分を付けて歩いてた人が恋しいんかどォーかしらんけど、切られた雨の降る日毎に、部屋に尋ねて行ってたんやないかーー。て言ってたけどな。


 原文は年齢相応に熟語を平仮名で書いていたり、漢字の書き間違い(女子高講師時代を思い出す――どうしてこんな間違いをするのか、と思っていたが、何のことはない、自分も同様の間違いをしているではないか)をしている一方で、妙なところで普通の中学生が知らないような漢字や言い回しを使ったり、歴史的仮名遣いで書いていたりするが、これは2017年12月14日付「手で書かずに変換する(4)」に書いたような理由で、小学6年生の頃から戦前の表記に慣れていたからである。
 しかし、何だか大袈裟は話である。「田舍之中學/寄宿舎奇談」と角書きして「眞冬之雨夜廊下に響く片跫音」とか外題を付けたいところである。
 ところで、■本先生は前任校と私のクラス、そしてその前後に勤めた学校でもこの話をしただろうし、私も2度の修学旅行で小学校の同級男子と高校の同級生全員、その他にも何度か語っている。更に遡ると、それこそ数百人がこの話を聞く機会があったはずなのだが、ネット検索しても全くヒットしないのである。(以下続稿)

*1:振仮名「あした」。

*2:振仮名「けつ」。

*3:青鉛筆書入れ「‥‥尻餅ついて、尻びしょびしょやわァ」ともいった。」あり。