瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

岩佐嘉親『南海の楽園』(3)

北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(2)写真の現像を見せて土人をおどかした話

 11月4日付「赤いマント(297)」に引用して置きましたが、これを語ったI氏本人の著書である本書(泰流選書『南太平洋の楽園』)では、7章め「南海の幽霊奇談」の1節め、136~140頁3行め「生きている幽霊(サモア」がこれに対応しております。
 136頁2行め、1字下げで「電灯のあるアピア」とあってこれが1項めの見出し。3行め~137頁2行め、

 住民にとって、一日のうちもっとも楽しい夜がくると、私たちはアピアの町にいる限り、週のう/ち三夜は、きまったように写真の焼き付けに大わらわであった。アピアが、この国でただ一つ、電/灯という文明の光をもっている貴重な土地であったからだ。
 そんなある日、サヴァイイ島のイヴァ村から親戚筋のものだと称するたくまいい二人の若者が、/私たちの宿へ居候にやってきた。夜這いに行くんだといって、出かけていった二人が帰ってきたの/は、かれこれ夜半のことであった。二人は、起きている私たちをいぶかって忍び足でやってきた。/そして、そばへ来るなり小声で、
 「なにしているんだい?」と、丸くした目でのぞきこんできて、私たちと引伸機とを見比べる。
 「ちょうどよいところへ来た。いま、君たちに幽霊を見せてやろうと思っていたところだ。もっ/とこっちへおいで。ご覧のようにこの紙は全くの白紙だ。よいかね、用心してよく見るんだよ」【136】
 そういいながら私は、プリントした一枚をす早く現像液の中につけた。二人はまばたき一つしな/いでそれを見つめる。

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 『南太平洋ひるね旅』はこの辺りは簡略です。北氏は西サモアではウポル島の空港と首都アピア周辺に止まっていて、サヴァイイ島には出掛けていないようです。イヴァ(Iva)村は東岸に位置しています。今や写真フィルムは何処に売っているのか、と云う時代になってしまいましたが、私の学生時代は、デジタルカメラなんかありませんでしたから、写真はフィルムで撮って、煙草屋や雑貨屋に現像に出していたものです。私が写真をよく撮っていたのは中学時代で、馬鹿チョンカメラで庚申塔の写真を何百枚も撮って、駅に行く途中の古い平屋の老人が経営していた店に出していました。もちろん煙草屋や雑貨屋が現像する訳ではないので、業者が回収して現像・プリントするのです。たまたま通り掛かってもう出来ているかと寄って見て、まだ届いていなかったりしたものです。中学の理科の教師がポラロイドインスタントカメラを持っていて、それはじきに画像が現れましたが如何せんサイズが小さく焼き増しも引き伸ばしも出来ないので魅力を感じませんでした。中学の、クラスが同じでなかったのでそれほど親しくなかった友人に写真部の部長がいて、部室を見せてもらったように思うのですが、あの、赤い照明の雰囲気を味わったことはありません。
 それでは2項めを見て置きましょう。1行分空けて、137頁3行め~138頁3行め、

 幽霊を焼付けする
 私は、さも恐ろしいものを取り出すような手つきをして、
 「出たぞ! 出たぞ!、そら、出た!」と、かけ声もろとも紙をひっくりかえして絵をみせた。/二人の大男はあとずさりして驚いた。そして二人は、真剣な表情をしてたずねる。
 「日本にも幽霊はいるかい?」
 「いるとも……」O隊員がさっそく、顔をしかめ、両手を目の前にもっていって、ぶらぶらさせ/る。物すごい形相をつくったY隊員が、これに呼応して〝うらめしや!〟という。
 「アウア(よせよ)!」気持悪がった二人は、大きな声を出した。
 私たちは息抜きのつもりで、知っているだけの日本の幽霊を引き出して、ゼスチュアにサウンド/までつけて説明したのである。
 二人の大男は、私たちの話を信じて疑わなかった。もちろんこれは、私たちの熱演のせいではな/い。彼らの心の中、いや日常生活の中に、まだ幽霊が生きていたからだ。【137】
 だからサモア人は、幽霊の話を聞くのが大へん好きだ。好きではあるがこわいのである。こうい/う民族性がなかったならば、幽霊は育つものではないし、生きのびられるものでもない。ポリネシ/アは、あるいは幽霊にとっても楽園だといえるかもしれない。


 どうも、印画紙に画像が現れてくる過程を見せたのではなく、既にプリント済みの印画紙の、白い裏面を見せて置いて、それを大きな声で脅かしながら引っ繰り返して見せただけのようです。
 さて、この話が12月6日付(1)に引いた「まえがき」に見えた、第二次ポリネシア学術調査隊のときのこととすると、「Y隊員」は11月3日付「赤いマント(296)」に引いた『南太平洋ひるね旅』に出て来る「ずっと若いY氏」で、「O隊員」は北氏がどうも名前を知らなかったらしく「もう一人」と呼んでいる人物に当たることになります。しかし『南太平洋ひるね旅』の会話とは大分趣が違っております。
 1行分空けて138頁4行め~139頁15行め、3項め「ポリネシアの幽霊」は、北氏も触れている「アイツ」の解説ですが、より詳細で、かつ、どうも、北氏の説明とは若干齟齬しているようにも思うのですが、知識もなくこの辺りに突っ込んで置くのは控えて置くこととしましょう。(以下続稿)