瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

小谷野敦の新書(1)

 私は小谷野敦(1962.12.21生)の著書はブログや Twitter の延長のような感じで大体面白く読んでいる。ミステリーファンから酷評されていた『このミステリーがひどい!』も、どうも探偵小説を手にする気になれない(2時間ドラマなど映像化されたものは見ているのだけれども)私には、それほど酷いとは思えなかった。――この書き方だとミステリーに対してなのか、小谷野氏に対してなのかが分からないな。
新潮新書688『本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝2016年10月20日 発行・定価740円・221頁

 小谷野氏は「小谷野敦 公式ウェブサイト「猫を償うに猫をもってせよ」」の「小谷野敦の著書訂正」に、「自著の訂正一覧」を公表している。私は全ての版元・著者がこういう配慮を示すべきだと思っているが殆ど見当たらないので貴重だと思うのだけれども、本書は取り上げられていない。――頭から細かく読んだ訳ではないのだけれども、本書にも幾つか誤りがあったのでここに報告して置く。
・61頁11~12行め「‥‥「バルバロイ(野蛮人)」と読/んで‥‥」は「呼んで」。
中島敦を取り上げた節に、122頁11~15行め、

 ほかのシナものも、まあだいたい原典をいじっただけのもので、芥川賞候補になった/「光と風と夢」は、スティーヴンソンがタヒチ島に移住して書いた「ヴァイリマ書簡/集」をもとに書いたものである。中島は、ポナペ島へ教科書編纂官として赴任したが、/ポナペ島は日本統治下にあったミクロネシアの島で、今はポンペイ島というらしい。タ/ヒチはポリネシアで太平洋のずっと東の方である。

とあるのだが、小谷野氏は121頁10~11行め、

 私は『中島敦殺人事件』論創社、二〇〇九)という小説を出して、中島を批判したの/だが、‥‥

とあるように、中島敦については相当調べているはずなので、わざと間違えたのではないか、と思われるくらい奇怪な誤りである。
 スティーヴンソン(1850.11.13~1894.12.3)が晩年移住したのはタヒチ島ではなくサモアウポル島である。それから中島敦(1909.5.5~1942.12.4)が赴任したのはポナペ島ではなく南洋庁が置かれていたパラオのコロールである。
 過去に調べたことでも記憶は捻じ曲がる。記憶に頼って書くのは危うい、と云うことなのであろう。

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 小谷野氏の新書は図書館で見掛けると気分転換用に借りているのだが、小説は読んだことがなかった。『中島敦殺人事件』辺りから手を着けてみることにしよう。(以下続稿)
2022年1月3日追記】私は小谷野氏の本を25冊以上読む余裕がなく何か訊こうとも話し掛けようとも思っていないので、当人はともかく気になった人が引っ掛かればと云った程度の気持ちで上記の過誤を指摘しておいたのだが、「小谷野敦 公式ウェブサイト「猫を償うに猫をもってせよ」」の「小谷野敦の著書訂正」には今のところ何ともしていない。

 一応ブログの方には訂正があったが、言い分が何だか妙である。
 Twitter のプロフィールに「あと性格の悪い方は話しかけないようお願いします。」とあるのだけれども、  この年末年始の上記2つのスレッドを見ていると、さて、と云った按配である。